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第3話 取り入れられた理想
「皆さまからのご意見、楽しく拝読しています。前回の会見でも申し上げた通り、残念ながら全てを兼ね備えた惑星を創ることは難しいですが、個人的に興味のあったご意見を紹介しますね」
そう言った中瀬の表情は明るい。
またしても数え切れない数のフラッシュが焚かれる中、中瀬は続けた。
「そのご意見とは――」
そこまで言って、中瀬は焦らすように自身に向けられたカメラ一台一台に視線を送っては、笑顔を振りまいていく。
一通りに視線を送った後、満を持してとでも言わんばかりの表情で、ゆっくりと口を開いた。
「『人生の二週目を楽しみたいです』というものです」
今度は困惑とは程遠いどよめきが、会場を支配していた。
「いやー、本当に面白い発想ですよね」と言った後、会場の反応すらも楽しもうとするように、中瀬は笑顔のまま暫く無言を貫いた。
束の間の沈黙が過ぎ、ようやく満足したのか、さらに中瀬は続けた。
「私は新しい惑星を創ることは出来ますが、新たな生命を生み出すことは出来ません。いや、正確にはしたくはないと考えています。それこそ、生態系が崩れてしまいますからね。しかし、『二週目の人生』、これは解釈によっては実現可能なのではと感じました。では具体的にどうするのか。私が辿り着いた答えは、『この惑星での身分を一切適用しない』というものでした」
どよめきの中に、再び困惑の感情が混じっていく。
そんな会場の空気とは対照的に、明るい中瀬の表情が変わることはない。
「つまり、新しい惑星では全員が全員、新しい人生を歩んでいくことになります。これはある種、『二週目の人生』と呼べるのではないでしょうか。この施策を講じるにあたり、最も懸念されるだろう問題として経済格差があるかと思います。よって、新たな惑星では新しい通貨を平等に配布するところから始めます。もちろん、新たな惑星にもこれまでの人類の財産といえるITを始めとした技術、医療関連等々は備えますので、それをどう活用するかは引っ越しをした皆さんが自身でお考え下さい」
流れるように放たれる言葉は単なる思いつきではなく、中瀬の考えが詰まった、意味ある言葉となっていた。
中瀬がここまで話した後、堰を切ったように報道各社は次々と質問を浴びせていく。
「さざなみ新聞の安藤です。『二週目の人生』というまさに人類の夢のような理想を今回、中瀬先生が選んだ理由は何かありますか?」
最初の質問としては当たり障りのない、聞くべきして聞いたとも言える質問だったが、中瀬は暫しきょとんとした表情を見せてから質問に答えた。
「うーん……、面白いと思ったから――では不十分でしょうか」
そう言って中瀬が苦笑いを浮かべると、会場からは失笑が漏れた。
「先生らしくて良いと思います」というヤジのような愛の手すらも聞こえてくる。
中瀬の会見はいつも壮大な内容にもかかわらず、気が付けばこうして和やかな空気に変わっている。
これも中瀬の人望が厚いといわれる、一つの要因なのだろう。
「アルプス新聞です。新しい通貨が配布されるとのことでしたが、その他に、何か我々一般人からの意見……、反映させると決められた理想はありますでしょうか?」
「そうですね、今回の『引っ越し計画』は『平等であること』を一つのテーマにしたいと思っています。理由としては、それが無ければ『二週目の人生』も存在しないと考えたからです」
「あくまで、同じスタート時点であると?」
「その通りです。従って、最初から不満不平が生まれるようなことは極力避けたい……、とはいっても、全ての理想は反映ができないということは事実ですので、まずは資金である通貨、そして土地を平等に配布します。その中で、各々が描く理想の住まい等々を申し出ていただき、提供する流れを想定しています。あとは基本的には全て各自の責任で自由にしていただければ。惑星そのものを創る私にとって、家や周りの環境を整えることは造作もないことですから」
こちらは予め予想していた質問であったのだろう。
中瀬は言葉に詰まらず言っただけでなく、「もちろん、家など要らないという方もいるでしょうから、その場合はその状況に合わせたモノを提供するだけのことです」と笑顔で付け加える余裕すらあった。
その後の質問に対しても、中瀬は端的ながら的を得た、的確な受け答えで回答をしていく。
あっという間に会見は終了予定時刻へと近づき、最後の質問が投げられた。
「大黒新聞の加賀美です。本日最後の質問ということで――先生。先生はこの完成した新たな惑星に、先生ご自身も住んでみたいと思っていますか?」
この質問を受けると少しの間、中瀬は口を結んだ。
「んー」という中瀬の声が、マイクを通して聞こえてくる。
中瀬は視線を上に泳がせた後、「そうですね」と言って話し始めた。
「研究者として、創造者として、行く必要があると考えています。色々と確認すべき事由もありますからね。一方で、私はこの惑星を創ることが研究のゴールであるとは考えていません。場合によっては、更に異なる惑星を創る可能性もあるでしょうし、今いるこの惑星のためにすべきことも沢山あります。ですので、答えとしては『住んでみたいとは思う。但し、正確には住むには住むが、住み続けるかどうかは別の問題』というところでしょうか」
言葉を選びながら話しているようではあったが、真面目な表情で、はっきりと強い意思を纏った言葉で、中瀬はそう答えたのだった。
こうして、二度目の記者会見も予想の斜め上をいく形で終了を迎えた。
この日から半月後、中瀬以外の人類は、新たな惑星の詳細を知ることになる――。
二度目の記者会見の後、いよいよ正式発表が間近となったこと、そして何より、新たな惑星の大枠が発表されたことで、テレビを点ければ「理想の惑星」と銘打った番組が時間帯、チャンネル問わず放送される事態となっていた。
とある番組のコメンテーターによれば、これは「惑星全体の期待の表れ」なのだという。
連日のように、人々が互いの理想の中で理想を語り合っている。
成人もまた、この熱狂の渦中にいた。
どの番組を見ていても、全てが信憑性に欠け、夢のような空想であると感じることもある。
当然、この惑星に大きな不満があるわけではない。
しかし、それでも「何かが叶うかもしれない」「今より幸せになれるかもしれない」という根拠のない淡い希望は日を追うごとに強くなり、いつしか成人の中で希望は小さな「夢」へと名前を変え、大きく育っていったのだった。
――次の記者会見では、どんなことが発表されるんだろう。
いつしか成人の頭は、中瀬大吉に魅せられた夢の中に、どっぷりと浸かっていた。
そしていよいよ、成人のみならず、惑星中の期待を背負った中瀬の記者会見は当日の朝を迎えたのだった。
「やっと今日がきた……。何だかドキドキするなぁ」
いつもは不快に感じる朝の日差しも、今日に限っては心地良い。
その光はまるで、新しい日常までの道筋を示しているかのようだった。
記者会見は午後八時からとなっている。
今朝のニュースは、会見の話題一色に染まっていた。
合わせて、今日の通勤、通学を含む多くの「日常」が、会見に応じて動けるように働きかけている。
今日の会見日時は二度目の会見後に発表されており、この発表を受け、惑星全体で多くの会社がこの日は定時帰宅や在宅勤務、あるいは有給消化や特別休暇を推奨されるなど、社会現象を超えた、異様なまでの注目度となっていた。
「そりゃ、上の人たちだって気になるもん。早く帰りたくて仕方ないよな」
成人の会社でもこの特例のような措置が当たり前のように適用となり、今日は定時退社が義務付けられている。
これらの影響もあり、成人が乗ったいつも通りの時間の電車は大型連休よりも目に見えて空いており、会社に着いた後も、取引先の休暇などが重なったことで今まで味わったことのない静かな時間を過ごした。
静寂に包まれた事務所までもが、今日が特別な日であることを教えてくれているようだった。
定時を迎える頃には、事務所にいる全員が荷物を纏め、時計の針を見つめていた。
そして、「お疲れ様でした」という上長の一言で、長くも短くも感じた就業時間は幕を閉じた。
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