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夫が帰ってきた。
「おい、帰ってきたぞ。起きろ」
その声で、私は目を覚ました。
目の前に夫がいる。
「お帰りなさい」
そう言って、私は左手首につけっぱなしの時計を見る。
「えっ、もうこんな時間」
窓越しに見えるはずの空が、暗くて見えない。
夫が蛍光灯をつけてくれたようだ。
「今日はごめんなさい」
「いいよ、俺も連絡してなかったし。けど驚いたな。まさかおまえがこっちに来ると思ってなかったから」
夫はそう言いながら、目尻に皺が出るくらい笑った。
「私も急に思いついたのよ。あの子が家を出てから生活に張りがなくなったと言うか、何か寂しくなったのよ」
私はちょっと乱れた髪を整える。
「あいつは元気にやってるのか?」
「LINEのやり取りだけで最近会ってないわ。市内に住んでるから、帰ってきたければ、あの子から連絡があると思うけど」
「あいつ意外と根性あるな」
「根性あるって、社会人になってまだ3ヶ月よ」
「充分だよ。俺は1ヶ月で帰って来ると思ったのけどな」
「それは大袈裟でしょう」
ふと夫と目が合う。夫は目を逸らすことなく、私を見つめてくれた。
「フフフ……」 私が笑う。
「ハハハ……」 夫も笑う。
「見つめ合うと照れるな」
「そうね」
夫の発言に、私は頷く。
「なぁ」
「何?」
「おまえこっちに来て一緒に暮らさないか?結構寂しいんだよ」
「あの家はどうするの?」
「来年か再来年になったら本社に戻れそうなんだ。そうしたら、またあの家で暮せばいいじゃないかな」
「そうね。私達がこっちで暮せば、あの子から連絡がありそうだし」
「あいつがこっちに来たいって言ってくるかな?」
「それはどうでしょう。あの子に聞いてみるわ」
私は一人で笑っていた。
「何笑ってるの?」
そう言いながら、夫は不思議そうに私を見る。
「私がこっちに来て、あなたと一緒に暮らすなんて思いもしなかったわ。そう考えるとおかしくて」
私は口に手をあてて、笑いをこらえる。
「それじゃ決まりだな。来月くらいからこっちに住むか」
「ちょっと待って。とりあえずごはん食べに行かない。私お腹空いちゃった」
「それもそうだな。今日は泊まるつもりで来たんだろ?」
「そりゃそうですよ」
「そしたら食べに行こう。何が食べたい?」
「いつもどこで食べてるの?私が出しますから、そこに連れてって」
「近所にある居酒屋だよ。いいのか?」
「はい、喜んで。あなたも新幹線の往復お疲れ様でした」
「ありがとう。そしたら食べに行くか」
「はい」
私は、夫と共に外出をする。
「二人での外食はいつぶりだろう?」
そんなことを考えながら、私は夫と肩を並べて歩く。
夫が休みの日に家に戻ってきたこと。
すれ違いがあっても、夫は不機嫌にならず、すぐに私のもとに来てくれたこと。
それらを含め、嬉しさが込み上げてきた。
私は、久しぶりにこの気持ちを味わう。
上手く表現出来ないけれど、私は新たに、夫の温もりを発見してしまった。
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