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先輩と
「スーパーに行きましょう」
部室にやってきた榊先輩の鶴の一声で、俺はなすすべなく学校近くのスーパーに連行された。九月になってもまだ暑い日差しを乗り越えて、俺も先輩も汗だくだ。入店したスーパーの空調は天国といってもよかった。先輩のあとを追ってまっすぐ向かうは夏季特設アイスコーナー。
「修三くん好きなの選んでいいわよ。おごるわ」
「っす……」
先輩は気前のいいことを言いながら、アイスコーナーからソフトクリームを手に取った。俺もソーダ味の棒アイスを選んでカゴに入れさせてもらう。カゴを持つ先輩はなんだか楽しそうでゆらゆら揺らしている。アイスがそんなにも食べたかったのだろうか。
榊先輩は思いつきで行動しがちな人で、こうして部室を飛び出すことも日常茶飯事。読書部の他の部員も彼女の行動力に振り回されてばかりいる。……読書部といいつつ、うちの部活は適当に入った奴らばかりだから部室で駄弁ったりするだけなので、さして問題はない。かくゆう俺も先輩とはまだ半年も行かない付き合いだが、先輩のせいで……おかげでずいぶん活動的になった気がする。
アイスを買って、レジを通った先にあるテーブルやベンチが置いてあるスペースに向かう。壁側の席にテーブルをはさんで座った。
暑さにまいっていたので、冷たいアイスは恵みそのものだった。甘ったるいけどシャリっとしててうまい。俺のアイスはすぐなくなってしまった。先輩は最初のうちはいろいろ話していたが、冷房の効いた屋内でもゆったりと溶けていくソフトクリームと格闘するうち口数がすくなってきた。もうそろそろ暑さも抜けていいだろうに、先輩の顔は赤い。ちらっと目が合うと慌てて目をそらされた。そういえば、先輩に振り回されてはいても、二人きりは珍しいかもしれない。
そんなことに気づいて、俺は今日ずっと気になっていたことを尋ねた。
「先輩、今日部室にいるの俺だけって知ってましたよね」
先輩はソフトクリームを舐めるのをやめない。だが、先輩は知っていたはずだ。今日は塾に行くやつもいるし、昨日の時点で来ないとわかってたやつもいる。部活に絶対出なければならないわけでもない。うちはそこらへんゆるゆるだ。それなのに榊先輩はわざわざ部室に来て、俺を引き連れ、アイスまでおごった。
「何でっすか」
「……何でだと思う?」
先輩は試すような目を俺に向けた。
俺は「お見通しですよ」と人差し指を立てた。昨日読んだ漫画に出てきた探偵のように。
「先輩ヅラしたかったんですよね?」
「……はあ?」
そう、俺はこの前見たのだ。先輩が同級生に、部員を振り回してばかりなところを茶化されているところを。そして「先輩らしいことすれば?」と言われているところを!
「後輩におごりたかったけど金なかったんでしょ。だから後輩が一人のときを狙った」
「……」
「そして今日はサービスデー。アイスを二個買ったら二十円引きなんですよね」
アイスコーナーの張り紙も確認済みだ。
先輩はなんとも言えない顔をしている。言い当てられすぎて恐れをなしたか。
「どうですか?」
俺の答えは自信があったが、先輩の解答は違った。
「……探偵にはほど遠いわね」
「ええー? 違うんすか」
「違います」
力強く否定されたところで、ちょうど先輩も食べ終わった。赤らんでいた顔も収まって、呆れた表情が俺に向けられた。
「はあ……緊張したのがバカみたい」
「え? なんで今更緊張することあるんですか」
「二人きりは珍しいでしょう」
「まあそうっすけど」
「……なんとも思ってなさそうね」
「特には……」
なんと答えればいいかわからず、しかし先輩はそれ以上何も言う気はないようで、さっさと帰ろうとする。慌ててその後を追った。
「先輩」
「なに?」
「またおごってください」
そう言うと、先輩はしばらく考えた後、
「いいわよ、二人ならね」
と言った。わざわざそんな条件をつけるのは……
「やっぱ金欠」
「違う」
「うっす」
俺の推理力は鍛える必要があるようだ。
「じゃあ帰りましょう」
スーパーから出ると、もう日が暮れ始めている。暑さはかなりましだ。夕日に照らされた先輩は、ここに来たときと同じように赤く染まっていた。
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