プロローグ:従姉

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「中条さん、頼まれていた物を持って来ました」 「あら、ありがとう遠野くん。わざわざありがとう。本当に助かるわ」  地下にある透析室へと到着すると、すぐに中条さんが視界に入って来た。中条さんは透析前の患者の体重測定を行っていて、その結果を電子カルテに記録していた。  透析をしている患者は、腎臓の機能が破綻していることがほとんどである。つまり、人体にとって有害である毒素を濾過し、それらを尿として体外へと放出する機能が保たれていないことになる。そのため、余分な水分が体内に蓄積し、放っておけば数日で死に至ってしまう。透析患者は、半永久的に週に3回の通院を余儀なくされていた。  そんな透析室の看護師として在籍しているのが、目の前にいる中条係長さんだった。中条さんは数年前に循環器内科の医師と結婚し、部署の異動もあって現在は透析室で働いている。噂によると、循環器内科の中条先生は年下で、大人の包容力で中条さんが堕とした……とは聞いているが、そんな風には見えなかった。  中条さんはとても落ち着いている性格の人で、そのせいで実年齢よりも上に見られることが多い。しかし、実年齢は35くらいと聞いたことがあったので、それを知ったときは驚いたことを覚えている。おっとりとした口調が特徴的な人で、いつも穏やかな表情で仕事をしていることが多い。気が強いと思われがちな看護師であるが、その中でも中条さんのような看護師は珍しかった。 「そういえば、さっき亜沙美さんに会ったのだけれど、やっぱり遠野くんとは少し似ている気がするわね」 「それは性別が違うとはいえ、従姉ですから。少しくらい似ていてもおかしくないですよ」  業務の準備をしていると、何かを思い出したように中条さんが右手の人差し指を口角に当てている。何かと思えば、本当に他愛もない話題だった。 「良いわね、身近に頼れる人がいるってことは。お互いに1人暮らしだと、いざというときに頼りになるから」 「いや、亜沙美さんは彼氏がいますから。付き合ってだいぶ長いはずですから、そろそろ結婚するんじゃないですかね」  中条さんの口から出て来たのは、オレの従姉である真壁亜沙美さんのことだった。オレの母親の姉が亜沙美さんの母親であるため、オレと亜沙美さんは従姉の関係だった。年齢は亜沙美さんの方が1つ年上で、今年で26になる。子どもの頃はよく遊んでいたが、思春期を迎えていくにつれて、次第に遊ぶ回数も減っていった。それでも、お互いの家が近いこともあって、今はでは同じ病院で働く仲として、たまに食事に行ったりするような関係は続いていた。  亜沙美さんは数少ない臨床心理士としてこの大学病院で働いており、現在付き合っている彼氏とは結婚を控えていたという話を、最近母親から聞いていた。
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