新入生歓迎会

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 廊下や教室でたむろしている生徒に声を掛けつつ講堂に向かうと、縞と何やら話し込んでいるピンク頭が目に入った。宇佐美に気づいたらしく、縞は不機嫌そうに、堺は縋るような視線を送ってくる。  できれば近づきたくない。宇佐美が入り口にとどまっていると、焦れた様子の堺が逃げるようにこちらに駆け寄ってきた。 「おつかれ。なに話してたの」  堺はわざとらしく、がっくりと肩を落としてみせた。 「写真のデータ、とっくに消されてたんやって。怒り通り越してショックや……」 「縞先輩の地雷踏み抜きまくった記事書いたからじゃねーかな」  よりによって宇佐美と委員長を同じ画面に収めてしまった時点で、縞が何かしらの行動に出るのは想像に易い。あらゆる情報に精通していそうな堺でも、縞が委員長の親衛隊以上に苛烈な一面を持ち合わせていたことまでは知らなかったのかもしれない。 「あとは、縞先輩のこと捕まえた件についてな?」  仮に自分を捕まえた相手の名前がわからなくとも、本部に問い合わせてバングルを調べれば、誰に捕まったのかはわかる。それを受けて、縞にコッテリと絞られたらしい。主犯は宇佐美だが、提案に乗った堺にも矛先が向くのは当然だった。この後、自分も縞に何か言われるであろうことは、一旦考えないことにした。  宇佐美はへらりと笑って、堺にバングルを返す。 「おかげでオレは助かったよ」 「そう言うんやったら、礼の一つでもしてもらおうかな。人を盾に使ってくれたもんな? おもろいネタの一つでももらわな」 「協力プレイというやつだよあれは」  適当に話を切ってその場を離れようとするが、堺の視線は宇佐美から固定されたままだ。動き出しづらい雰囲気がある。 「……オレの顔になんかついてる?」 「うーん? やっぱ似てるな思って」  無遠慮に宇佐美の顔を検分する堺と視線を合わすまいと、じりじりと後退を始めた。 「この間のパーティーで、ものすごいべっぴんがおってな? めちゃくちゃ噂になってて、どこの子か調べてほしいって頼まれてんねん」  唐突に切り出された話題に、努めて興味なさげに「へえ」とだけ返す。 「君って妹とかおる?」 「いや、いないけど」  問いを重ねられるごとに、冷や汗の量が増すような気がした。心当たりがありすぎるが、深入りしたくない気持ちもあるし、詳しい事情を知りたくもある。  堺の意図を探ろうと口を開いたところで、背後から肩を掴まれた。 「堺」  低い声が咎めるように堺の名を呼ぶ。 「あまり出鱈目な記事は書くなと言っただろう。また活動停止にされたいのか?」 「これは桐谷委員長やないですか。先日はええネタをどうも」  宇佐美の肩を押して割り込んだ委員長を、堺はえびす顔を浮かべて迎えた。 「役職付きの記事は、本人に許可を取れと言ったはずだが?」 「前にも言いましたけど、ニュースってのは新鮮さが命。許可もらってチンタラしとるうちに鮮度が落ちてまうでしょ?」  学園が自由な校風を謳っていることや、新聞の記事が娯楽として人気が高いことなどから、あまり強く規制することはできないのが現状らしい。淡々と違反を指摘する委員長と、怯むことなく言い返す堺はお互い一歩も譲らなかった。 「──じゃあ僕はこの辺で……っとその前に」  委員長の脇をすり抜けて、堺は再び宇佐美の目の前に立つ。 「えっ、なに──」  流れるような動きで宇佐美の左手を取ると、堺は自身のバングルを宇佐美のそれに近づけた。 「捕まえたで」 「あ?」  制限時間を過ぎたら、画面はもう作動しないようになっているはずなのに、宇佐美のバングルは青からアウトを示す赤色に変わってしまっていた。満足そうに笑う堺に、宇佐美は頬を引き攣らせることしかできなかった。 「これから仲良くしような?」  反論する前に、堺はひらりと手を振って行ってしまった。呆気に取られたままの宇佐美の耳に、委員長の舌打ちが聞こえてくる。 「いやでもこれは〜その、時間過ぎってからノーカンですよね?」  赤くなった画面を見下ろしてから、様子を窺うように委員長を見上げる。宇佐美の問いには答えず、代わりに深いため息を吐いた。 「どうしてこうも面倒な相手に絡まれるんだお前は」 「ちゃんと逃げ切ってたんすよ? そこは認めていただいてですね」 「隙だらけなお前が悪い」  鬼ごっこ中に起きたことや、頑張って逃げ切ったことなどを並べ立ててみるが、まともに取り合ってもらえない。 「お前がたった今、堺なんぞに捕まったのは事実だ」 「……委員長って噂とかあんまり信じないタイプですよね」 「自分の目で見た事実にしか興味はない。つまり」  すっと目を細めて視線を宇佐美の顔から下方に移すと、長い足を持ち上げた。 「痛った! ひどい! 本当にイテエのに!」  そのまま膝に蹴りを入れられた。小突いた程度かもしれないが、今の宇佐美には大ダメージだった。  とても立っていられなかったが、そうさせた張本人の手を借りるのは癪だったので必死に壁に縋ってバランスを取る。 「なにすんですか!」 「その怪我はどういうことだ?」 「どうって、縞先輩と一緒に転んだだけですよ。聞いてないんすか」  痛みも相まって、つっけんどんな口調になってしまう。 「まだ処置はしていないんだろ。閉会式なんか出てる場合か」 「気遣ってくれんなら蹴らないでくださいよ!」  ギャアギャアと反論してみるが、涼しい顔で聞き流されるばかりだった。一通り文句を言い終えたところで、委員長は宇佐美の手を引いて講堂を出ようとする。 「ちょ! 待った!」  視界に入った光景に、慌てて委員長を引き止めた。  苛立ちを隠さずに振り返った委員長に睨まれるが、怯むわけにはいかない。遠目にこちらを窺っていたらしい縞の形相が、鬼のように歪んでいるのが見えたからだ。その顔は「早く桐谷から離れろ」と雄弁に語っている。 「オレはいいんで。委員長は縞先輩の機嫌とってきてください」  委員長の眉間の皺はさらに深くなるのには構わず、その手を払って距離を取った。
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