映画観に行こ!

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「……」 「待ってた」  つくづく私は阿呆だと思う。呆れる、馬鹿、ちょろイン。決めた、来年の目標は"もっと自分を大事にする"だ。  約2時間前に出たばかりの会社に出戻って、パソコンと向き合っている中牧くんの隣に座る。ビニール袋の中から、家で食べるはずだったサラダを取り出して、不機嫌極まりない態度で食らいついた。 「何それ、サラダ?」 「そうですけど何か?」 「そんなに怒んないでよ。部長が俺にばっか案件寄越すんだもん」  眉を下げて、少しは申し訳なさそうに言い訳をする。もうすぐ三十路のくせに、童顔だから可愛い。そんなんで許してしまいそうになる自分が憎い。 「あなた仕事は遅いけどクライアントには気に入られるからね」 「千恵ちゃんは俺と違って仕事ができる」 「だから呼んだんでしょ?」  さっきの申し訳なさそうな顔とは打って変わって、今度はにんまり笑って私に書類を渡してくる。同期のくせして甘え上手だ。それを分かってて来る私も十分お節介でめんどくさい。ため息をつきながらパソコンを立ち上げた。 「そういえば、今やってるホラー映画観たいつってたっけ」  ふと、中牧くんがパソコンから目を離さずに話題を投げてきた。 「うん」  頷いて、渡された資料に目を通す。  営業の中牧くんがある程度のことはしてくれているから、事務の私はデータを打ち込むだけである。これなら30分程度で終わる。 「行こっか」 「いつ」  Excelを開いて表を作る。 「今から」 「中牧くん次第でしょ」  情報を打ち込んでいく。 「千恵ちゃんがいてくれれば終わる」 「良いように扱われてるなぁ、私」  食べかけのサラダを放置して、得意のブラインドタッチで三分の一ほど終わらせたとき、ん?と引っかかった。 「あれ、私中牧くんに映画観たいなんて言ったっけ」 「んや、コタに聞いた」  コタは一個下の後輩で、なぜか私に懐いている子だ。 「なんで?」 「千恵ちゃんと仲良いのコタだから」 「…ん?」 「え?」 「どんな話の流れで?」  思わずタイピングが遅くなる。私の中で、話の辻褄がうまく合わない。 「別に、千恵ちゃんの好きなものって何?って聞いただけだけど」 「……へぇ」 「うん」  よく分からないが、そのまま勝手に気まずい空気を感じながら、執念で仕事を終えた。ちょうど中牧くんも終わったみたいで、ぐいーっと身体を伸ばし始めるから、私も残りのサラダを片付けた。彼は流れるようにスマホの画面を開くと満足そうに頷く。 「うん、行けんね、映画」 「待って、本当に行くの?」 「ん、今日木曜日っしょ?カップル割あんの」  しれっと言う中牧くんに耳を疑う。 「カップル!?いや、私たちカップルじゃ…」 「だめ?」  何がだめなのかわからない、とでも言いたげに中牧くんは首を傾げる。  だめ、なのだろうか。いや、だめではないと思う、多分。確かに私たちは付き合ってはないが、恋人の事実を確かめる方法なんて無いし、恋人詐称は年齢詐称よりは刑罰は軽い気がする(自己判断)。  ……。  でもそれはモラルの話であって、私が咄嗟についてしまった抵抗はどちらかというと私の気持ちからくるものだ。まずい、ドキドキし始めた。 「でも…」 「いいじゃん、行こ」  断り文句を考えている間に手を取られて、夜の会社を抜け出した。顔が熱い、手から溶けそう。  だってこんなの、ずるい。 「俺ホラー苦手だから、どさくさで手握ったらごめんね」 「…今握ってるじゃん」  二人で歩くオフィス街のネオンも、カップル割のホラー映画のチケットも、私のを握っている手のひらの温度も、五感を通して私をヒロインに仕立てあげていく。私が好きになったのは仕事が出来ない男だと言うのに。  ホラー映画にびびりまくっていたいけな女の子の手を容赦なく掴んでくるような、それでもってカップルシートで映画を観た後に告白してくるような会社の同期に、私は心底ドキドキしてしまっているのだ。 「あれ、俺これ順番逆?」 「普通は先に告白かな」 「…ちなみに返事は?」  今、"仕事ができる男がモテる"って例外もあるんだよなぁと思っていることを、この声にのせて。 「好きじゃなかったら今ここに居ないよバーカ!」 おわり
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