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怖い夢
◇
青空が高い。冬の風は心地よく吹いているが、鬱陶しい程ではない。寒さが刺激となって、神経を研ぎ澄ませてくれる。遠くに走り高跳びのバーが見える。あの高さは自分が限界と捉えていた高さだ。
『先輩!いけますよ、今日は』
葉山、お前高校生だっけ…?
『え?何言ってるんですかぁ?ふふ』
いや、何か変な感じが
何か大事な事を忘れていた。だがそれは夢だった気がした。それよりも今は、あのバーをどうしても越えたかった。
『そうだな。やってみる!』
俄然やる気が沸いてきた。あのバーが飛べれば、今の自分を更なる高みへ導いてくれる筈だ。
『頑張って下さい』
『うん』
ジャージの葉山に微笑んだ。自分に対してフレンドリーな後輩は彼だけといっても過言ではない。
葉山は俺といて楽しいのかな?
俺は楽しいけど、葉山なら同級生に人気あるのに
しかも男女共に人気って、漫画かよ
『どうかしましたか?』
『別に…何でもない。やってやるぜ!』
『はは、その意気です!』
走り出すとグラウンドの砂埃が舞う。加速して、背を反らすと空が近付いて呼吸した。
やった!クリアした!
『ははっ…やった!葉山!あれ、葉山・・・?』
見回すとグラウンドと思っていた場所は、コンクリート造りの地下駐車場だった。
誰もいない
『葉山?どこだよ。隠れてるのか?』
静まりかえった照明の暗い駐車場は薄気味悪く、呼び掛けを止め口をつぐんだ。
怖い
複数の足音が四方から聞こえ始めた。隠れようにも、だだっ広い駐車場には、停車している車はなく柱しかない。
葉山はどこにいったんだろう
そう考えていると、背後で複数の足音が止まった。
怖い、振り向くのが
『黒木がΩとか…』
『家族に…』
『ヤらせて~』
声が響いてきた。
そうか、そうだった…
俺が忘れていたのは
一一一一さん
一一黒一一さん
「黒木さん」
「う・・・あ、葉山、いたんだ、違うな。俺、寝ちゃったのか」
「そうなんです。俺も寝てたから、起こすの遅れちゃって、すいません」
「今何時?」
「朝の五時ですね。仕事は大丈夫ですか?」
「まだ平気。はーっ、鬱展開の夢だったけど、、お前が起きたらいてくれて、良かった。夢だといなくなるし」
「え、そうなんですか…何か、すいません。はは、俺が黒木さんから離れるとかあり得ないのに」
朗らかに笑う彼に今は救われた思いだ。
「そういえば下にマットレス引いてくれたのか?」
「だって、明らかに寝違えそうでしたもん」
「首痛くなるヤツな。ありがと」
「ふふ、黒木さん、もし良かったらシャワーでも浴びてきたらどうですか?俺もさっき浴びたんですけど、もう良くなったので、朝飯作ります」
すぐに帰って、病み上がりの葉山に寝てもらう方がいいいというのは頭では理解している。だが、過去の夢のせいで誰でもいいから一緒にいて、話がしたかった。
「病み上がりなのに、大丈夫か?」
「大丈夫です。出来合いのもの並べる位、できますって。ね?」
「・・風邪ぶり返しても知らないけど。じゃあ、有り難く借りるわ」
「はい。新しいタオル出しときます」
「うん。悪いな」
洗面所に入り、脱いだ服を畳んで片隅に置く。タオルを出しに葉山が来た時に裸なのも何となく気まずいので、さっさとバスルームに入った。熱めのシャワーを浴びていると、夢が少し遠退いた。
「タオル、ここに置いときますね」
「うん」
洗面所の葉山の影がぼんやり映る。
これから飯作ってくれるって…
何気に何が出てくるか楽しみだ
彼が器用にフライパンを操る姿を想像すると、似合う気もする。
葉山が嫁みたいだ
嫁が自分に出来る事もないだろうけど
「ははっ」
可笑しくなってしまって笑った。
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