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五年前の事を考えて感傷に浸っていては食うに事欠く。それでなくともΩは仕事が鈍い等と揶揄されがちなのだ。照り付ける陽射しから身を守るUVカットの黒いパーカーを翻し街を走る。
もっと頑張らないと
今日はあいつと話したから時間ロスしたし
今頃葉山はクーラーの効いたオフィスで仕事か
羨ましい
「考えるな」
呟く自分の声が苛立っている。それもこれも酷暑がおわらないせいなのかもしれないし、自分のふがいなさのせいかもしれない。一日に配達できる件数は限られているがそれでも仕事があるだけマシだ。それに風俗なんて死んでも嫌だ。
疲れた
余計な事を考えながら仕事をしたため、いつもより疲労していた。血のように紅い夕焼けが目に染みる。収入の大部分をしめる管理の行き届いたマンションへ帰る。管理会社の配慮があり、Ω、β、α(住む物好きがいればだが)と階層分けされている。エレベータという個室を避け、階段で三階まで上る。角部屋の自宅の鍵を開けていると、隣の部屋の住人が顔を出した。
「お帰り」
「ただいまです、これから仕事ですか」
「そう、お仕事…黒木さん偉いよね。肉体労働」
「それは真白さんも同じだろうし」
「全然だよ。さん、なんてつけなくていいのに」
「いってらっしゃい」
「いってきまーす」
手を振る真白を見送り部屋に入った。真白は風俗店勤務のため、夕方に出掛けて行く。夜の外出を避けているこちらが帰ってくるタイミングと、彼が外出するタイミングが被るので挨拶や会話を少しするようになった。金髪は肩程で、どちらかと言えば女性的な容姿だ。年はやや上なのか世慣れた雰囲気がある。
「ただいまっと」
誰にともなく呟く。自転車を軽く拭いてラックにかけてから、汗でまみれた体を洗面所からバスルームへ運ぶ。シャワー温度をぬるめに設定し、髪と体を洗う。
鏡を見ると目付きの悪い三白眼が見返してきた。体には擦り傷がそこここにあり、痩せているが脚や臀部の筋肉は少しついた気がした。五年前の未来図では、普通に会社員としてオフィスにでも勤務するだろうと思っていたが、ある意味変に健康的だ。
「はぁ一一うぅ一一ん……っ!」
健康的な男児であればするであろう自慰行為も、以前より虚しく感じてしまう。白濁した液体を流しながら、自分はいつまで生きられるだろうかと考えずにはいられない。今もニュースではΩの男性の自殺の増加がトピックに上がっていた。
『社会的な問題となっていますが…』
『我々は種別以前に同じ人間であると…』
「綺麗事だろ」
アナウンサーとコメンテーターのやり取りを聞きながら思う。アナウンサーはβだろうし、コメンテーターはαだとプロフィールにはあった。
ノンアルコールのビールと刺身をつつきながら、悪態をついてしまった。そんな自分もどうなんだろう、もっとポジティブにと思うが、どう考えても自分がαに抱かれるのに違和感があるのだ。勿論、『運命の番』と出会えれば幸せという都市伝説も信じたいが、未だそんな気分にはなれずにいた。
『次のニュースです』
♪~♪~
「!びっくりした」
アナウンサーの声と着信音が被り、心臓が跳ね上がった。見知らぬ番号に出るのは止めておこうと思ったが、葉山の番号かもしれないと名刺と見比べる。
同じだ
もうかけてきた
暇人かよ
でも、かけてこないと思ったのに
「・・はい」
嬉しいのか、俺は
口元がほころんでしまうのは、高校の自分に戻ったようで、それが嬉しかったのかもしれなかった。
『良かったぁ~、出てくれたんですね。黒木先輩スルーしそうだから』
「一応知り合いだからな、葉山は」
嬉しさを感じていたが、それを出さないつもりで口を開いた。
『俺の事、覚えててくれたのも嬉しかったし』
「そりゃあ・・面白い後輩だったから」
『あはは、面白いって…でも元気そうで何よりです』
『あんな高校生活の終わり方で』という言葉を飲み込んでいる所に、彼の気遣いが感じ取れた。
優しいし、明るい
人から好かれる訳だ
『黒木先輩、今夕飯ですか?』
「え?あぁ、アルコールは抜きで」
『え、飲めないんですか?』
「いや、少しは飲めるけどさ。肉体労働者だから明日に差し支えるとあれなんで」
少し温くなったノンアルコールビールを喉に流し込むが、不味い。
『そうなんですね。すごいなぁ、先輩』
「いいよ、ソレ。俺はもう『先輩』じゃないし。普通に黒木でいい」
彼にとっての今の『先輩』は、会社の先輩だろう。
『あ、そうでした。じゃあ、黒木さん。何か・・・変な感じ。ははは』
「はは、確かに。まぁ、習うより慣れろってヤツ?」
『慣れなきゃですね』
ずっと話したいなぁ
笑いあっていると、高校の部室で話していたあの頃に戻った気がした。
「そうだな。慣れないと。こっちは『葉山』って呼ぶけど、他に希望無いよな?」
『そうですねぇ、やっぱ止めときます』
「何だよ。気になる」
『今度にします。あの、明日も電話しますね。今くらいの時間でいいですか?』
「うん。仕方ない」
『えっ、酷くないですかぁ』
「ははは」
高校時代の知り合いと
もう楽しく話せる事なんてないと思ってたけど
電話が終わってしまうと、久しぶりに心が満たされてその夜は夢の無い静かな眠りについたのだった。
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