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二つに一つ
あの日以来、数日に一回は葉山と電話をするようになっていたが、顔を合わせてはいなかった。声を聞いているとどうしても会いたくなってきた。
電話だけしてくるけど、俺は葉山にとっての
何なんだろう?懐古趣味か、暇潰し?
わからない
「危ないだろ!どこみてんだ」
「っ一一あ!すいません」
「チッ、ったく」
車のクラクションを鳴らされ、自転車の方向を慌てて軌道修正したもののガードレールに脚をぶつけた。忌々しそうに舌打ちするドライバーに深々と頭を下げていると車は去っていった。企業イメージもあるので気を遣う所だ。
「はぁ・・痛てて」
午前中に回ろうとしていた件数は終わっていたため、脚の傷の手当ても兼ね空いていそうなカフェに入る事にする。アイスコーヒーを注文し、ガムシロップを一ついれる。冷却シートを気休めに患部にあてて様子を見る。昼休みよりも早い時間のため、客もまばらだ。ぼんやりしていると、向こうから同じ配達員の平松が歩いてきた。
「お疲れ様」
「お疲れ様」
「今日は昨日よりは暑さがマシだな」
「そうだな」
「それ大丈夫か?」
「大丈夫。多分冷やせば動けると思う」
「気を付けないとな。珍しいなお前が」
「ちょっと、考え事してて」
「ふーん」
平松もΩだが、外見からはとてもそうは見えない。立たせた赤い短髪をもつ筋肉質な長身であるし、『男らしい』という前時代的な表現がよく似合う男だ。自分がΩであるという事実を受け入れたくないため、汗水流しているのだと言っていたが、悲壮感は無く明るい。飲み物からは甘い香りが漂い、ケーキも手にしている。
「ケーキ食べるつもり?」
「おう」
「栗だけ貰いたい」
「やる」
「ありがと」
モンブランの上に乗っている黄色い栗を味わうと、疲労が回復する。
「旨いなぁ。そういえば、さっきの考え事って何だ?」
「あぁ・・高校の知り合いにあってさ、後輩だったのに立派に社会人してて、すごいなぁと」
「俺達だって立派な社会人じゃないの?」
口の端のクリームを拭い言う。
「そうだな。だけど、羨ましいとか思っちゃって。そう考え始めるとダメだな」
「持つ者と、持たざる者か。いっそつかまえたらどうだ?そのお坊っちゃんを。ラブラブですねぇ」
はっはっはと笑われる。
「違う。只の後輩だ。頑張ってほしいと思ってる。そうなんだけど一一もやもやする」
「もやもやか。折り合いがつかないわな。一体誰がこんな世の中にしたのかね」
スマホを弄りながら呟く。
「・・午前中は順調?」
「まぁまぁ。黒木、もやもやはいいけど、事故るなよ。体が資本なんだから」
赤茶色の瞳をこちらに合わせてくるので、頷いた。
「うん。頑張らないとな」
「そ、さっきの話、もやもやする相手なら会わないか、会うなら引っ掛けるか、決めといた方がいいんじゃないか?」
会わないか、引っ掛ける
その二択に苦笑した。
「だから後輩ってだけだから」
「え~本当ですかぁ?」
ニヤニヤ笑いに苦笑した。
Ωだから人生ハードモードだと思っていたけれど、葉山と偶然に会った事が嬉しいと思った。この先も会いたい、会って楽しく話をしたいと思う自分と、このまま会わずにフェードアウトした方がお互いのためにはいいのではないかと思う自分がいた。
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