245人が本棚に入れています
本棚に追加
過去の亡霊
今月は頑張ったと思ったが、発情期があったせいで給料は少なめだ。スマホを見つめてため息をついた。三ヶ月に一度、三日程くるヒートは本当に面倒な上に、外出が出来ないため、栄養補助食品を口にはしていても痩せてしまう。
それに
相手もいないのに発情するなんて
馬鹿ばかしい
仕事を終え一度シャワーを浴びてから、最寄り駅付近のスーパーへ来た。夏ではあるが、涼しい素材のネックカバーをして、同素材・同色のTシャツをいつも通り来ている。お洒落かと言われれば、そうでもないという答えになるが、致し方ない。夕方過ぎのスーパーは割と人が多い。
セール品だとこれか
まぁ良しとしよう
「今日はハンバーグね」
「わーい」
親子の会話をなんとなく聞きながら、ハンバーグの作り方がわからないと思った。実家にいた時はお手伝いさんもいたし、それなりに裕福だったのだが、今ではどういう味だったかも朧気だ。それはそうだ、あの家では自分はいないことになっているのだから、今更帰れない。帰った所で、また閉じ込められてしまうかもしれないのだから。
家族全員αとβで、俺だけΩなんて
罰ゲームもいいとこだ
高校ももう少し通えてたら、インターハイも…
葉山とか、部活の仲間とまだ続いていたかも
「ふっ」
自虐的な笑みがもれた。過去を忘れようともがけばもがく程、もしもああだったら、こうだったらと思考回路が堂々巡りして抜け出せなくなる。
「黒木さん?」
肩に置かれた手の平に飛び上がった。
「うわっ!え、、葉山か、びっくりした。何で、ここに?」
「驚かせてすいません。すっごい偶然なんですけど、俺、最近この辺に越して来たんです」
「そ、そうなんだ」
まだ心臓がバクバクいってる
今想像してた葉山が出てくるって
「大丈夫ですか?」
「平気」
こちらを覗き込む明るい茶色の瞳から視線をそらし、また合わせる。彼が手にしているのは有名な銘柄の赤ワインで、自分の手元の買い物かごの中はセール品ばかりだ。
恥ずかしいな
電話では普通に話せたのに
「お蕎麦ですか。俺も買おうかな」
「はは、、じゃあ、またな」
「あっ!待って下さいよ」
「おいっ、何だよ。お前に寄りかかられると重いんだけど」
肩を羽交い締めされてホールドされたので、前に進めない。
「だって~黒木さんが冷たいから」
何だ
内面は変わってないのか
外見が立派な社会人全としていても、性格は甘ったれな大型犬に似た高校時代の後輩の葉山を彷彿とさせた。
「夜ご飯でも行きましょうよぉ」
「やだ。俺は昔より貧乏なの」
「なら、この街を黒木さんに今度案内してもらうっていう約束で、俺がおごるのは、どうですか?」
「・・・まぁ、いいけど」
断ろうと思っていたのに、口をついて出た言葉は裏腹に承諾していた。
「やった!嬉しいです」
「ハンバーガー食べたい」
「了解です」
先程すれ違った親子の会話を思い出して言った。嬉しそうに笑う笑顔は、数年振りにみるせいかやけに眩しく感じた。自分もあんな笑顔をしていたのだろうかと考えてしまった。
スーパーを出て、素材にこだわったハンバーガーの店に入る。そこそこ混んでいる店内で横並びに腰かけた。
「いただきます」
「どうぞ」
「久々食べたけど旨い」
「ですね」
笑みを浮かべる。トマトの入ったハンバーガーは可もなく不可もない味だったが、おごりであるという事実があるため、『旨い』と感想を述べておく。
あの親子はもっと旨いハンバーグを食べたのかな
家庭料理に勝る物は無いのだ。
「でも嬉しかったです。こうやってまた再会できて、もう会えないかもしれないって思ってました」
「大袈裟だな。俺も、葉山は懐かしかったけど」
指先にトマトソースがついてしまい、慌てて拭う。
「懐かしいって、、俺はまだ過去の亡霊にはなるつもりはないですから」
「何だそりゃ。ははは」
乾いた笑いになってしまったのは、自分の方が彼の言う『過去の亡霊』に相応しいと思ったからだ。
「冗談じゃないですって。俺はこれからも、ずーっと黒木さんと会うんですから」
「へぇ・・頼もしいな。俺の財布になってくれよ?」
「いいですよ。財布でも、なんでも構いません」
「へ?あは、はは」
冗談めかして言った言葉に、普通に返してきたため、苦笑いする。
最初のコメントを投稿しよう!