始動

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始動

九月に入った。夏休みが終わったので退院して寮へ戻るという設定の元、指示された学園へお抱え運転手の車で校門前に乗り付ける。学園はK県の中心部から離れており、最寄り駅から遠い場所にある。広大な敷地を塀で囲われているので、まるで牢獄じみている。 この年でコスプレするとは思わなかった エンブレム入りの白いシャツに、縞模様の紺色のネクタイに紺色の上下スタイルだが、ブレザーとベストは着ていない。 「くぁあ~」 欠伸をしていると、運転手が後部座席を振り返った。 「音様、こちらが正門です。覚えていらっしゃいますか?」 「え、あぁ。大丈夫。ありがとう」 俺が『音様』なんだっけ 細かな地図は覚えていないが、おおまかな所は確認済だ。問題はロッカーに荷物を入れる際にスマホも置いておくので、休み時間か自室でしかスマホを見れない事だろう。 『行ってきま~す』 『頑張って』 「無責任」 メッセージに返信をくれた原野の『頑張って』は本心とは思えず、首を捻る。 『音は大人しかったから、もし困る質問をされたら黙っていればいい。また連絡を。待ってるよ』 『りょうかい』 急いで平仮名で返信しながら車からでて歩き出す。高校の授業というのは受けたくないが、高額報酬を既に受け取っているのだから、(いな)とは言えない立場だ。 「暑い」 九月といえども残暑は厳しく、陽射しに手をかざしながら二年生の教室を目指す。老け顔ではないが、心配で手鏡を確認しながら歩く。 「おっと!一一音?久しぶり」 誰だっけ… クラスメートの顔写真は目を通してあるが、思い出すのに時間がかかってしまう。ここで記憶喪失の設定が生きてくるという訳だ。 「えっと・・・」 「一一聞いたよ。記憶が無いって。本当に俺の事も覚えてないのか?」 茶色の瞳が潤んでいる彼は親しかったのだろうか?目線がやや高い位置にあり、スポーツでいえばバスケットやサッカーを好みそうな爽やか系だ。 「ごめん。覚えてないんだ」 「そんな、謝らなくていい。これから、、宜しく。俺は安斉 海斗(あんざい かいと)」 「宜しく」 明るい笑顔に、笑みを返す。この先が思いやられるが、まずは知り合いでも仲が良さそうな一人と挨拶できた模様だ。 「でも元気そうで良かった。全然連絡取れなかったから、心配してたんだ」 「そうなんだ。俺も何が何やらだから、色々教えてくれよ」 「え、うん。何か」 「?」 安斉が不思議な顔をしている。 「雰囲気変わったな。前は目もたまにしか合わせてしゃべらなかったのに」 陰キャだったのか まぁ、そうですよね…読書が趣味だし? 「そ、そうかな?ははは」 「あ、地図覚えてないだろ?これとこれ、やる」 「ありがとう。へぇ、広いんだ」 「迷わないように、なるべく一緒にいよう!」 「・・・あぁ」 保護者全として彼からは、どことなく独占欲が漂ってくるのだった。
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