自己憐憫

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自己憐憫

◇ ここ数日というもの葉山から連絡が来ていなかった。加えて(すさ)まじい夕立ちに、立ち往生(おうじょう)しスーパーの軒先で雨宿りしていた。雨でも仕事はあるのだから、有り難いといえば有り難いが、やはり大変だ。 この後はサンドイッチの店に行ってから、注文品受け取ってタワマンに配達、、 その後も、何とか間に合わせないと 一一葉山は、もう俺に飽きたのか まぁ、予想通りといえばそうだけど 撥水加工を施したパーカーではあるが、湿度が高く不快感に眉をしかめた。葉山の明るい笑顔がふいに恋しくなった。だが、そんな自分にも苛立つ。 「くそっ…」 何故こんな天気で 葉山は何で 俺は何で一一どうして、、Ωなんだ 「一一っう」 感傷が押し寄せてきて泣きそうになる。強く唇を噛むと痛みを覚えて少し我に返った。頃合いを見計らい店に向かい、店員から注文品を受けとる。笑いさざめく店内の人声は、遠くから聞こえるBGMの様で現実味がまるでない。 仕事なんだから、機械(マシーン)になればいい 感情を殺しタワマンへと向かう。最上階のボタンを押し、エレベータを暫し待つ間、人が同乗するのではないかと神経質になる。パーカーのジッパーを首まで閉めてフードを被った自分は不審者っぽい。 最上階に着き、マンションの号数を確認する。非対面ではなく、珍しく玄関先で注文品を届ける必要があるため緊張する。支払いは済んでいるため、渡せば終了な筈だ。インターフォンを押すと、重い足音がした。 「お待たせしました」 「ありがとう」 「あの?」 無駄の無い筋肉を感じさせる体型の中年の男だ。こちらをまじまじと見るので、もしかして知り合いなのかと考えてしまう。 「かわいいね。雨なのに配達なんて大変だ。これ、チップ、少し休憩していったら?」 見られた 胸ポケットにチップを入れられる際にパーカーを引っ張られ、首輪が見られた気がした。 「一一い、いいです!」 「はは。初心(うぶ)だなぁ。君、Ωか。意外だ」 後ずさると、男がにやついた。 「・・・」 動かないと 己の恥部を見られたと感じて、身体が硬直してしまう。怖いと感じてはいなかったのに、体がいうことをきかないのだ。 「御影(みかげ)さ~ん、また配達の人、(いじ)めてるの?大概にしないと…あ」 「あ」 白いバスローブを羽織った真白だった。金髪が濡れ、いかにも事後の雰囲気がある。こちらに目配せすると微笑んで、男にしなだれかかった。 「浮気しちゃダーメ」 「はっはは、これは怖いな」 「さっきのシャンパン味見しよ?」 「そうだったね」 バタンと扉が閉まる。 真白さんがいたから助かった かっこよかったな あれが手練手管ってヤツなのか 彼が玄関に登場してからは、男の関心が()れて自分は透明人間の様だった。 「ふぅ」 ため息をついて部屋を後にする。タワーマンションの最上階の窓から見下ろす下界は、風雨が渦巻き恐ろしげだ。思えばここに来る時は、どうして自分は、葉山は、天気は、とこの世を(なげ)いてばかりいたが、同じΩである真白はその間も笑顔で客の応対をしていたのだ。 首輪を見られたことより、そっちの方が恥ずかしいな そんな事を思いながら、次の仕事へ向かった。 無心に仕事をこなし帰宅する。シャワーを浴びてノンアルコールのビールで喉を潤していると、スマホのライトが点滅していた。不在着信があったためだ。 「葉山か」 嬉しくなりリダイヤルを押そうとして、思いとどまる。 待てよ あんまり早くリダイヤルすると まるで電話を待ってたみたいだし いつ電話が来たんだろう 着信を確認すると、およそ四十分前だった。数分~十分前位はまずいが、これ位ならいいだろうと考えリダイヤルする。 『はい。げほっ』 くぐもった声の葉山だった。咳が音声に続き、心配になる。 「電話あったから。お前、大丈夫か?」 『だめかもです。黒木さん』 「え、おい?どうだめなんだ?」 『数日あった熱は少しは引いたんですけど、食欲がまだ無くて。けほっ』 「数日って…」 それで連絡が無かったのか 飽きられたと思ってた 『本当は寝てないとなんですけど、黒木さんと、ごほっ、話したくてかけちゃいました。はは』 「しゃべるな。喉辛いんだろ?飯のストックは?」 『えぇと、どっかにあるんです。はい』 「どっかって、、。わかった。お前のマンションって、隣のタワマンだよな?」 『はい、あ、ですけど、風邪なのでうつると』 「適当に買って渡すだけだから。庶民的な物にはなるけど」 『ごほっ、すいません。すごい、嬉しいです、げほっ』 「だーっ、しゃべるなってば。鍵だけ開けてくれれば。部屋は?」 『あは、はは、部屋は…けほっ、1501です』 「わかった。後で」 髪を乾かしながらも気が()いて仕方がなかったが、自分も風邪を引く訳にはいかないのでよく乾かしてから葉山の部屋へ向かう事とした。
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