黒猫のぬいぐるみ

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黒猫のぬいぐるみ

隣のタワーマンションに向かうだけとはいえ、控えていた夜の外出を再開するのは勇気がいる。涼しそうなTシャツとズボンにネックカバーを身に付け、近場のコンビニに向かう。料理もたまにはするが得意ではないため、すぐに使えそうなレトルト食品郡や、ドリンク類を買い物籠に放り込み急いでレジへ置いた。 「いらっしゃいませ」 無言で会計を待っていると、背後にはしゃいだ二人組が並ぶ。自分もだが、セルフレジが面倒なのだろう。 「でさぁ」 「え~、あはは」 「帰ったらさ~で」 「うん、いいよ」 チラリと遠くを見る素振りで背後の二人を見るともなく見ると、首輪を一人はしていた。が、見つめ合う視線がお互い信頼しきっている。アイコンタクトの回数も多く、番と推測できた。式や旅行の話をしているのが、その証拠だ。 ラブラブか 他人の幸せではあっても、ほっこりとした気分にはなる。自分は人と触れあう事自体がまだ怖い。だが、夜の外出もそれ程恐れずともいいのかもしれないと少しだけ思えた。 「ありがとうございました~」 店員に軽く会釈し外に出ると、月が輝いていた。 葉山が風邪を引かなければ 夜外に出るなんて考えもしなかった マンション周囲の木々からの虫の音を聞きながら歩き、オートロックを葉山に解除してもらう。深呼吸してからマンションのエレベータに乗り込むと、乗り合わせた人間がいたので、数回停車した後に十五階へと辿り着いた。 1501・・1501 あった インターフォンを押すと、少ししてマスク姿の葉山が顔を出した。 「これ、買ってきた」 「ありがとう、けほっ、ございます…」 「おい、大丈夫か?」 ふらついて壁に手をつく彼に問いかけると、弱々しい笑顔を返す。 「はは、でも、黒木さんに来てもらうなんて役得」 扉の向こうが少し見えたが、雑然としている。この調子でレトルト食品を渡した所で温められるだろうか? 「一一ちょっと上がらせて」 「え、風邪が移ると」 「マスクしてるから平気だろ。お邪魔します」 「ふふ、すいません。ごほっ」 1LDKの部屋は広いが、引っ越しから間もないためか段ボールが片隅にあったする。飲みかけのコップや脱ぎ捨てた洗濯物もそのままだ。白木で統一感のあるインテリアは落ち着いた明るい雰囲気だ。大人っぽいインテリアの中、黒猫のシュールなぬいぐるみだけがかわいい。 「散らかってて、恥ずかしいですけど。お茶は…」 「いいって。寝てろ、こっちは適当に片付けして飯用意してから帰るから」 病人って自覚が無さすぎる 「お母さんっぽいなぁ、ごほっ」 背中を押してベッドに誘導すると、呟いて微笑む。 「誰がだ。ほら、寝た寝た。ちょっ、、お前な」 「ありがとう。黒木さん」 体があったかい あれ?そういえば、葉山だと怖くないみたいだ ハグする体の温もりは久々だった。驚く事に、彼に触れられても胸が苦しくなったり、冷や汗がでたりはしなかった。以前に触れられた時も、体調に異変は起きなかった。 「また奢ってもらいますよっと。さてと」 「はは…あの、お茶だけは用意しておきます。やっぱり」 「え、いいのに」 「片付けとか終わったら飲んで下さい」 「わかったけど、すぐ寝ろよ」 「は~い」 ゆっくりペットボトルの茶をいれている彼に声をかけ、行動を開始する。洗濯物を洗濯機に放り込み、カップスープやパンを棚に積め、レトルトの(かゆ)を温め皿に開けラップをかける。ミネラルウォーターやスポーツドリンクを冷蔵庫に入れ、葉山にも一本渡す。 「ありがとうございます。色々、すいません」 「これ位は、知り合いなんだし。洗濯干したら、お茶もらうわ」 「はい。嬉しいなぁ…俺の家に黒木さんがいるなんて」 熱のせいで潤んだ茶色の瞳を向けられると、先日あった時と同じ様に満たされた気分になった。彼の持つ癒しのオーラのためか、自分が人に良い行いをしたせいかわからないが。 「(おが)んでもいいぞ」 「あはは」 「はは、これをおでこに貼って、良し。おやすみ」 「おやすみなさい」 穏やかな寝息をたてる彼を見ながら洗濯を室内干しにする。テーブルの上の緑茶を飲み干し、もう一度様子を見てから帰ろうと、ベッドに足を運んだ。
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