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3ー⑶
「それでは『港町奇譚倶楽部』の例会をこれより始めたいと思います」
洋装に身を包んだ『秘密のカフェ―』の主、安奈は集まった会員たちの前でそう言うと、うやうやしく一礼した。
「本日のホストは私、浅賀ウメが務めさせていただきます。お題は、新聞記者の飛田さんより提供された『切り裂きジャックの正体』という話にさせていただきます。では飛田さん、推理を始める前に、飛田さんが見聞きされた謎について説明をお願いします」
「はい。……ええとみなさん、これから私が述べる内容は私が考えた物ではなくすべて、近頃知り合ったある人物の話をそのまま述べているのだとお考え下さい。しかもその中身は私が覚えている範囲の物なので、正確ではないということを前もってお断りしておきます」
流介は言い訳めいた前口上を口にすると、礼太郎と百彦の仮説を覚えている範囲でたどたどしく語った。
流介が語り終えると、テーブルを囲んだ三名の会員のうち貿易商のウィルソンが「では、私から推理を述べせていただいてもよろしいかな」と手を挙げた。
「私は商人という立場上、心霊とか超能力とかいう物は表向き信じておりませんが、その文とか言う女性は英国にいた時、本格的な秘密結社を立ち上げるための前段階として英国人の『霊胞』を集めていたのではないでしょうか」
「英国で仲間を?」
「そうです。おそらく彼女は「人類を救う救世主となるにはまず人を殺すという経験が無ければだめだと仲間に言い聞かせ、イーストエンドの女性たちを自分に代わって殺させた……のではないかと思います」
「そんな……他人を操って人を殺させるなど、そんなことができるのですか」
「彼女にはできたという事でしょう。そういったまやかしめいた言葉を使ってでも、彼女は自身の殺人衝動を満たしたかったのです」
「その仲間たちが『切り裂きジャック』だというわけですか」
「そうです。文がある時点で殺害命令を出すのをやめた、と仮定するとその「仲間」の人数は五人くらいだったのではないかと思われます。そしてその後は英国での活動を彼らに任せ、自分は故郷である日本へと帰国した、というわけです」
「ううむ一応、辻褄はあっているようですな」
会員の人で僧侶でもある日笠がそう言って唸った。いつもは袈裟をまとっている日笠だが、この『港町奇譚倶楽部』の例会に参加する時はなぜかタキシードなのだった。
「当時、女性の犯人という説は出ていたようですが、東洋人という可能性についてはあまり取り沙汰されなかったようです。もちろん倫敦にも東洋人はいますが、まさか東洋人の女性が黒幕であるとは誰もが思わなかったのです。
ただ、自らは手を下していないとすれば少なくとも被害者たちを「切り刻んだ」のは彼女ではないかもしれません。いずれにせよ、指示を出すのをやめ日本に戻ってしまった文を、英国に残された仲間たちはどうすることもできませんでした」
「彼女はなぜ、せっかく集めた仲間を英国に残してまで日本に戻ってきたのです?」
「文にとって次の目的地は東の果て――つまり日本という「イーストエンド」だったのです。今の我々にできることは、文の遺志を継いだかもしれない布由という女性の動きを注意して見守る事しかないのではないでしょうか……私の説は以上です」
ウィルソンはそう言って一つ咳払いをすると、自分の推理を締めくくった。
「……さて、次は拙僧が推理らしきものをひとつ披露するとしますかな」
ウィルソンに続いて口を開いたのは、僧侶の日笠だった。
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