3ー⑴

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3ー⑴

「えっ、私が殺人鬼に狙われているですって?まあ、なんてことかしら」 「狙われているんじゃなく、文という女性が君のことをこれから立ち上げる団体にの中心人物に祭り上げようとしているらしい」 「よくわかりませんけど、私なら大丈夫です、飛田さん。武術も多少、たしなんでいますし、心霊とかお化けとかいう物も信じておりません。天馬もいてくれるし――」  流介から身の回りに気をつけるよう進言された安奈は、殺人鬼の話を聞かされてもどこ吹く風と笑ってみせた。 「でも、そこまでおっしゃるなら当分の間、気をつけることにしますわ。気にかけていただいてありがとうございます」  安奈は聡明そうな瞳に強さを秘めた光を宿すと、流介に向かってきっぱりと言った。 「安奈君がそう言うなら、信じることにするよ。しかし天馬君といい君といい、日本にも欧州に負けず劣らず世間の枠では測れない人がいるものだなあ」 「ひどいい方をなさいますのね飛田さん。……そうだ、明後日の夕方、いつものように『港町奇譚倶楽部』の例会を開きますから、今のお話を推理のお題にしてみてはいかが?良かったら私が皆さんに前もって伝えておきますわ」 「えっ……参ったな。クラブの人たちまで巻き込んで話が広がってしまうとなると……いいのかな」 「もちろんですわ。どんな不気味でおぞましい事件であろうと、謎は謎。皆さん、目を輝かせて取り組まれるに違いありません」  安奈はそう言うと、にっこりとほほ笑んだ。 「ううむ、でも今回の事件は話が大きすぎて、お題として出すにしてもうまくまとめられるかどうか……」  流介が唸りながら宙を睨むと、安奈が「あら、それを短くわかりやすくまとめるのは飛田さんの専門でしょう?ここが腕の見せ所ですよ」と言った。 「まいったな。安奈君の方が秘密結社や霊能力よりはるかに手ごわそうだ」  流介がそう言って肩をすくめると、安奈は「よくそう言われますわ」と愛らしい笑みをこしらえた。                  ※ 「切り裂きジャックだって?お前さん、またとんでもない事件に目をつけたもんだな」  社に戻った流介が心霊騒ぎの触りを一気に吐き出すと、先輩記者の笠原升三(かさはらしょうぞう)は呆れたように目を見開いた。 「僕がそのまま事件を記事にするわけではないですよ。大体、遠い英国の連続殺人事件を取り上げること自体、手に余ります。何せ一年経ってもいまだに解決していないと言うんですから」  流介が言い訳のようなぼやきを漏らすと升三の背後から「おお、飛田君。なんだって?まさか君が『切り裂きジャック事件』を取り上げるのかね」と声が飛んできた。 「ウィルソンさん……」  升三の陰からひょっこり顔を出したのは、『ハウル社』という貿易会社を経営する、流介とも顔なじみの貿易商、ウィルソンだった。
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