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「それで、宗吉君の懸想相手は見当がついているのですか?」  流介が尋ねると、亜蘭は頭を振りつつ「それが、さっぱりわからないんですよね」と言った。 「そうだ、こういうものを拾ったんだが」  流介が郵便箱の前で拾った手紙らしきものを懐から取り出すと、亜蘭は「あら」と目を丸くした。 「本当に若旦那の名前ですわね。あて先は……新知布由(しんちふゆ)さん。確かこの方、うちにお薬を買いにいらっしゃるお客さんではないかしら。この人が若旦那の想い人なのかしら」 「おいおい、確かに僕もざっと両面をあらためてしまったが、まじまじと見るのはいささか品がよろしくないぞ」 「あらごめんなさい。でももう頭に入ってしまいましたわ。お住まいは……ええと青柳町のあたりか」 「もうその辺にしておきたまえ。まだ想い人と決まったわけでもないだろう。お得意さんに宛てた御用聞きの文かもしれない」 「飛田さん、新聞記者なのに随分と人がよろしいのね。私は何かあるように思えて仕方ないのですけど……とりあえずこれは、若旦那の目に着く場所に置いて置きますわ」 「やれやれ、君は新聞記者をどんな仕事だと思っているんだい。……さすがは安奈君の親友だけのことはあるな」 「あら、安奈の恐ろしさに比べたら、私なんて菩薩みたいなものですよ」  亜蘭はそう言うと流介の手から手紙をすっと抜き取り、くすくすと笑った。                 ※ 「ふう、重い。こんな「取材」もあるとわかってれば奉公の一つもしておくんだったな」  着物に下駄ばき、背中に大きな風呂敷包みという丁稚のようないで立ちの流介は、宗吉が青柳町の方に足を向けたのを見て終点は近いなと安堵の息を漏らした。  流介は地方新聞の記者であり、奇譚小話の記事を書くのが目下の仕事である。  流介が暮らしている港町、匣館は古くから貿易の要所として栄えている街で、その歴史は鎌倉時代にまでさかのぼる。流介が働いている匣館新聞社が読物に力を入れているのも、新しい鳴事の気風を取り入れつつ読者を増やそうという考えからだった。  探偵の真似事をして知人の後をつけるなど無粋の極みだが、素性も定かでない女性に岡惚れした挙句、本業をおろそかにしたのでは薬局の大旦那も奥方も心やすらかではないだろう。  胸の内であれこれ言い訳をしてみたものの、実の所奇譚の材料に困って「後をつけてみたら?」という亜蘭のけしかけについ乗ってしまったというのが実情であった。
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