3-⑹

1/1
前へ
/29ページ
次へ

3-⑹

    「私に用事ですか?……あのう、医術の練習をするため、しばらく外の方とお会いするのを控えたいのですが……」  戸口に立った布由は、以前とは打って変わって素っ気ない態度で流介の頼みをはねつけた。 「そうですか。短い時間で良いのですが……」 「すみません、私にも事情がありまして……どうか察してくださいませ」  流介は無慈悲に閉じられた戸の前でしばし呆然とした後、近くに人の気配はないことを確かめた上で以前、礼太郎が隠れていた茂みに身を潜めた。  布由に怪しい動きがあればすぐにでも飛びだそうと思う一方で、このまま日が暮れたら潔くあきらめるつもりだった。  玄関で動きがあったのは身を潜めて数刻、そろそろ日が傾きかけた頃だった。不意に引き戸が開き、小さな荷物を携えた布由が出て来るのが見えたのだ。  ――どこかに行くようだな。  茂みから出た流介は、距離を置いて布由の後をつけ始めた。布由は薬屋のある宝来町の方には向かわず、逆の住吉町へ向かって歩き始めた。どこに用事だろう、流介がぼんやり思った、その時だった。布由が唐突に角を曲がり、また別の方角へと足を向けたのだった。  ――あっちは浜のはずだが……  流介が訝しんでいると突然、背後から「飛田さん、どうして布由さんの後をつけているんですか?」と声が飛んできた。 「宗吉君……」  足を止めて振り返った流介は、目の前に立っている人物の顔を見て思わず身を固くした。 「薬を届けてくれたことには感謝してますが、探偵のように後をつけて欲しいとは言っていません」  風呂敷包みを手にした宗吉は、今までに見たことがないような険しい表情を浮かべていた。 「いや、ちょっと話をしたくて……」 「話なら僕が聞いておきます。それで後で飛田さんにお伝えすればいいわけですよね?」 「うん、まあ……いや、しかし」 「お願いです飛田さん。仮に何か疑わしいことがあったとしても、彼女には何も聞かないであげて欲しいんです」 「疑わしいというわけではないが、その……」 「彼女は今、誰も試したことのない新しい治療法のことで頭がいっぱいだと思うんです」 「治療法?それは別にいいけど、それよりこの道は浜に向かう道で途中には薬局も治療院もないのだが」 「つまり彼女の身が心配だということですね?それなら僕が何事も無いよう近くで見守っています。飛田さんはここでお引き取りください」  宗吉のただならぬ迫力に気圧された流介は、「あ、ああ……わかった。君も無理はしないでくれたまえ」というのがやっとだった。 「わかっています。また何かあった相談するので、今日はこれで」  流介は身を翻して布由の後を追い始めた宗吉の背を見遣りつつ、さて自分は一体何をどうすれば良いのだろうかと思案を始めた。  ――やはりここまで難しくなったら、あの男の力を借りるほかはあるまい。  流介は小さくなってゆく布由と宗吉の姿に背を向けると、元来た道を引き返し始めた。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加