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3ー⑺
強い日差しの降り注ぐ午後、流介は凪いだ海に浮かぶ無数の曳舟を横目にある変わった船の姿を求めて港の中を歩いた。
やがて船と呼ぶにはあまりにも異様な洋上の館――船と一体化した小さな建物が目に飛び込んできた。
「……いるかな?」
小ぶりの洋館を乗せた船は係留され、さざ波にゆらゆらと揺れていた。流介は桟橋の上をぎしぎしと音を立てながら天馬の城である『幻洋館』を目指した。
流介は入り口の前で足を止めると、一つ咳ばらいをしておもむろに扉をノックした。すると上の方からいつものように「どうぞ」と声が降ってきた。この城の主は大抵二階の「書斎」にいるのだが、来客のノックに気づけるよう常に二階の窓を細めに開けているのだった。
「飛田です。これからうかがってもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。中に入ったらそのまま二階へどうぞ」
流介は招きに応じて扉をくぐると、館の一階へ足を踏みいれた。がらんとした広間の奥にはらせん階段があり、流介はためらうことなく階段を上り始めた。
二階の「書斎」は本がぎっしり詰まった書棚と大きな窓、そして船にはつきものの大きな舵輪があった。
「やあ飛田さん、そろそろいらっしゃるころだと思っていました」
こちらに背を向けて外の海を眺めていた青年はくるりと流介の方を向くと、彫像のように整った顔ににこやかな笑みを浮かべた。
「実は今日は、君の知恵を借りたくてやって来たんだ。話を聞いてもらえるかな」
「わかっています。布由さんという女性のことでしょう?僕に力を貸せることがあれば、よろこんでお力になりましょう」
「ありがたい、君の知識と推理力があれば百人力だ」
流介がほっとして本音を漏らすと、天馬は「それではまず、飛田さんの見聞きしたことを一通り話して下さい」と言った。
※
「ふうん、これは実に面白い話だ。特にその斉木さんと言う人とその叔父上が。しかし一体、何から話したものかな……」
流介は天馬の勿体をつけた言い回しにああ、これは彼のいつもの形だなと思った。この青年はすべてを理解するとこのような口調になるのだ。
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