3-⑽

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「いいですか飛田さん、心霊も超能力も恐ろしい物ではありません。恐ろしいのはそれらを大きく育てる人の心なのです。秘密結社など単なる親睦団体です。礼太郎氏をそのような妄執へと向かわせたのは、ひとえに「誰もが気づいていない、恐ろしい連続殺人鬼の正体に、この世界で自分だけが気づいてしまった」という思いこみなのです」 「思いこみ……」 「たとえば飛田さんが不安を覚えるほど濃い霧の中にいたとします。目の前が急に晴れて霧が消えたと思った時、どう感じます?」 「そうだな、霧が晴れて良かったなと安心するんじゃないかな」 「ではそれがもし、誰かが術によってこしらえた「霧が晴れた」ように見える幻だったら?」 「えっ……」 「つまりこの二つが全く同じもののように見える以上、「霧が晴れた」ことと「霧が晴れたように見える幻」を区別することはできないのです」 「そんな……じゃあ僕らは一体、何を信じたらいいんだい」 「残念ながら人は、自分が信じたいものを信じるしかないのです。もし誰かが飛田さんを惑わすべく「すべてが解き明かされた世界」を見せたとしたら、おそらく飛田さんはそれが本当に霧の晴れた真実なのか、それとも何らかの企みによって真実であると思わせられているだけなのか区別することはできないはずです」 「ううむ、すると礼太郎君にとって、文が連続殺人鬼であるという思いこみは「真実」なわけだな」 「そう思おうとしているだけ、という可能性もあります。人間だれしも「自分だけが気づいた世界の真実」が思い込みかもしれないと気づいても、その甘い夢をそう簡単に手放したくはないでしょうから」 「とすると僕をつかまえて延々と推理を披露したのも、僕が真に受けるのを見ることで自分の説が正しかったと安心するため……」 「かもしれません。だから僕がここでその魔法を解いてしまうことは飛田さんにとっては良くても斉木氏にとっては悲しむべきことなのかもしれません」  流介は珍しく目を伏せた天馬を、この恐ろしい頭脳を持つ青年こそが進化した超人なのではないかとある種の驚きと共に見つめた。 「そうだ、そう言えばもうひとつ、気になる謎が残っていた。安奈君が怪しい人物に付きまとわれていたというのも、君に言わせると気のせいということになるのかな」  流介がずっと引っかかっていた出来事を口にすると、天馬は「いえ、それはそれで別に気をつけねばならない問題です。なぜなら安奈につきまとっていた人物というのは現実に存在するからです」 「なんだって。そいつは一体誰なんだい」 「その謎を解くのは僕より飛田さん、あなたの方がふさわしいと思います」 「僕が?なぜだい」 「その謎を解くことで、遠く英国から海を渡ってきた呪いも同時に解けるからですよ」 「海を渡ってきた呪いだって?」  流介が勿体をつける伝馬を思わず睨むと、天馬は「僕も一緒に行きますよ。たまには館から外に出ないと、思いこみという呪いにやられてしまいますからね」と言った。
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