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「本当に現れるのかな」 「まあそう焦ることはないでしょう。せっかく安奈に「隠れ蓑」を用意してもらったことだし」  酒屋の玄関わきにどこから持ってきたのか西洋の酒樽を積み、流介と天馬はその陰に身を潜め通りの様子をうかがっていた。  しばらくすると安奈が店先に現れ、柄杓で水を撒き始めた。安奈が箒や柄杓を手に店の前に現れるのはもちろん「獲物」を引き寄せるためだった。 「おっと、お客様がお見えになったようだ」  天馬の目線を追った流介は、通りを建物の影を選ぶようにしてやってくる人影に「あれか」と呟いた。  黒のインパネスに黒の山高帽、頭巾風の布地で顔を隠した人影は安奈の傍に幽霊のよう忍び寄ると「あなたが秘密の指導者ですか?」と囁いた。  安奈が驚いたように黒い人影を見返すと、顔を覆った人物は口元を出して「もう生まれ変わっているのでしょう?」と畳みかけた。 「――そこまでです探偵さん。布由さんを装っておかしな噂を立てようとしても無駄です。布由さんは久津見文ではないのですから」  天馬が声を張って語りかけると人影は後ずさり、その場で身を翻そうとした。すると「まさか探偵さんがこんなことをするとは思いませんでした」という声と共に反対側の物陰から宗吉と亜蘭が姿を現した。 「あ……」 「……お顔を見てもよろしいかしら?」  安奈は人影につかつかと歩み寄ると、帽子と黒い頭巾を一気に剥ぎ取った。 「あ、あ、あ、ごめんなさい!」 素顔をさらした礼太郎はその場にうずくまると「ひ、ひどいじゃないですか。待ち伏せなんて」と頭を抱えた。
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