3-⑿

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「つまり礼太郎君――探偵氏にとっては布由さんが「秘密の指導者」に会いに来たという事実を広めるしか自分の説を確かな物にする方法はないと思い詰めていたわけです」  薬屋の隣の土蔵で、流介は善吉と宗吉を前に天馬の推理を含めたことの顛末を最大漏らさず語った。 「ようするに布由さんはその何とかって言う恐ろしい女の生まれ変わりやなりすましではない……と、そういうことですね?」 「もちろん。……といっても天馬君の受け売りですが」 「良かった。僕は医学のことはわかりませんが薬の知識なら豊富にあります。とりあえず布由さんの勉強の手助けができれば……」 「手助けだけでいいのかい、宗吉君」 「えっ……どういうことですか飛田さん」 「学問だけじゃ疲れるだろうし、一緒に甘いものでも食べませんかと誘うくらいはしてみてもいいんじゃないかな」 「冷やかしはよしてくださいよ。僕にはそんな大胆な真似は無理です」 「おいおい、それじゃあ薬を届けたり手紙を出したりした意味がないじゃないか」  流介が目を伏せた宗吉をけしかけようとした、その時だった。軋み音と共に土蔵の戸が開いて亜蘭が顔を見せた。 「宗吉さん、店主さんに会いたいっていうお客様がいたので連れて来ました」 「僕に会いたい?……あっ」 「あの……すみません」  亜蘭の後ろから顔を出したのは、布由だった。 「お取込み中でしたら、すぐ失礼させて頂きます」 「あっ、いやっ、どうぞっ……土蔵ですけど」  宗吉は慌てて腰を浮かせると、土蔵の床をばたばたと片付け始めた。 「宗吉、私は薬棚の整理をしに店の方に行っとるからな」  善吉がそう言ってあっという間に姿を消すと、今度は亜蘭が流介に「飛田さん、私たちもお店の方に行きましょ」と囁いた。  亜蘭に背を押され土蔵の外に出ると、うしろで亜蘭が「どうぞごゆっくり」と布由たちに声をかけるのが聞こえた。  ――やれやれ、土蔵でごゆっくりもないだろうに。 「君もおせっかいだなあ。他人の色恋に首を突っ込んでもいいことはないと思うぞ」 「いいんですよ、あのくらいしないと動かないお人ですから。……そうだ、お店の方にいらっしゃったら、英国の薬草茶をお出ししますわ。気分が落ちついてよく眠れるという話です」 「お構いなく。あいにくと英国は当分、間に合ってるよ」  ――まったく、霊能力者など集めずとも僕の周りは愉快な超人だらけだな。 いそいそとお茶の支度に向かった亜蘭を見ながら、流介はそっと忍び笑いを漏らした。                〈了〉
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