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「探偵ですか……飛田さんのお話を聞く限りではそのような恐ろしい女性とは思えませんが」  亜蘭は流介の話を聞き終えると、信じられないと言うように目を丸くした。 「あのひょろひょろ探偵の登場で宗吉君が諦めてしまうか、それとも一層入れ込むかしばらく目が離せないな」 「そうですね。ああ見えて意外と諦めの悪い方ですから、何か思いきった行動に出ないとも限りません……あ、そう言えばこの前、安奈も店の前を胡乱な人影が行き来していたと言っていました。まあ彼女の場合、懸想している男性は一人や二人ではないでしょうけど」  亜蘭の冗談めかした口調に少なからずほっとしつつ、流介はいったいこの匣館に何人探偵もどきがいるんだと頭がくらくらするのを覚えた。 「その話、天馬君は知っているのかな」 「知っていると思います。……もっとも、天馬さんが傍にいなくとも安奈なら怪しい人影の一人くらい簡単に追い払えるはずですけど」  亜蘭はそう言うと、くすくす笑った。 「なんだか気になるから、ちょっと安奈君の店を覗いてみることにするよ。もし若旦那が戻って来たら僕が見ていたことは内緒にしておいてくれたまえ」 「もちろんですわ。お相手さえしっかした方なら、むしろ私たちは若旦那の恋物語を応援する立場ですから」  流介は一番しっかりしてるのは君だろうと心の中で呟きつつ、客の姿がほとんどない薬局を出て往来に戻った。                 ※ 「おやっ」  宝来町のおなじみの酒屋に赴いた流介は、店先に立って通りを眺めている人物を見て思わず声を上げた。 「やあ、飛田さんじゃないですか」  安奈の代わりに立っていたのは『匣館新聞』で通訳として雇っている美貌の青年、水守天馬だった。 「天馬君……安奈さんはおつかい中かい?」 「いや、中にいますよ。先日、怪しい人物が店の周りをうろついていると聞きましてね。調査を兼ねてこの時間は僕が店番を請け負っているのです」 「なるほど、天馬君も怪しい人影の話を聞いていたというわけだ」 「その口ぶりだと飛田さんもいきさつをご存じのようですね。安奈から聞いたのですか?」 「いや、実は薬屋の亜蘭君からなんだ。話すと少々、長くなるんだが……」 「長くて結構ですよ。安奈を不安にさせる影は前もって取り除くのが僕の仕事ですからね」  酒屋の看板娘、安奈の許嫁である天馬は力強い口調で言った。なるほど、女性にもてるにはこういった態度が必要なのだな。
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