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第1話(3)入学試験が始まった
「こちらになります……」
「あ、はい、ありがとうございます……」
担当者によって、リュートとイオナが実技試験の会場に案内された。簡易スタンドである。
「まもなく開始になります、それでは……」
リュートはわりと隅の方の席に座る。イオナがその近くに座る。
「別に好きなところに座れば良いだろう」
「い、いや、それはやはり……どういった所に着目されるのか、どういう思考をされるのか、ということに興味関心がありまして……」
イオナの言葉にリュートが苦笑する。
「近くに座ったからといって、視覚や思考まで共有出来るわけがないだろう」
「そ、それはそうですが……」
「まあいいさ……」
イオナが周囲を見回す。
「同じような恰好の人がこの席にも増えてきましたね……」
「仮にも名門魔法学院の入学試験なわけだからな、それなりのスカウトマンならば当然足を運ぶんじゃないか?」
「ど、同業者の方々というわけですね? この時点でスカウトを……」
イオナが息を呑む。リュートが鼻で笑う。
「はっ……」
「え、お、おかしいですか?」
「それはいささか気が早い話だ……」
「そうなんですか?」
「この時点での受験生は、まだまだよちよち歩きの赤ん坊みたいなもんだ」
「よちよち歩き……」
「もっともそこである程度の素質があるかどうかを見極めることが大事なんだが……」
「み、見極めはもう始まっているわけですね?」
「大体、非凡なやつはこの段階でもセンスの良さを感じさせてくるからな……」
「ふむ……」
「すぐスカウト云々の話になるのは極めて稀なことだがな。今日はあくまでもリストアップに留めるのがほとんどだろう……」
「リストアップ……」
イオナがメモする。リュートが再び苦笑する。
「そんなことをメモしてもしょうがないだろう」
「いや、一応……リュートさんは? この段階ではスカウトしたことは無いんですか?」
「良いやつは基本取り合いだからな、この段階で動いたこともあるよ」
「ほ、ほう……」
「まあ、よっぽどの魔力の持ち主の場合だけどな……」
「あ、あの……黒髪の少年は……あ?」
何十人かの受験生が、実技試験の会場に入ってくる。皆、揃って緊張した面持ちである。試験監督らしき若い眼鏡をかけた髪を丁寧にセットアップした女性が説明する。
「魔法であの的に当ててもらいます。的に当てた人、壊した人が合格になります!」
「!」
受験生たちがどよめく。
「け、結構距離があるんじゃないか……?」
「的が動いているぞ……!」
「兄上に聞いていたのとは違う……」
「それでは受験番号順に5人ずつ始めてもらいます! Aの方はAの的を、Bの方はBの的を、自分の並んでいる列と該当する的を狙って下さい! チャンスは1人三回です!」
「……」
「……それでは始め!」
「え、えい!」
「そ、それ!」
女性の掛け声と同時に受験生たちが魔法を的に向かって放つ。なかなか的に当たらない。
「みんな苦戦していますね……」
「それまで! 次の方と交代して下さい!」
女性の声で受験生が交代する。そんなことを数回繰り返していくが、的に当てる受験生はここまでいない。イオナが首を傾げる。
「……みんな調子が悪いのでしょうか?」
「いや、毎年大体こんなもんだよ……」
「ええ?」
リュートの呟きにイオナが戸惑う。
「ただ、毎年とは違う点があるけどな……」
「違う点?」
「お、おい、聞いていないぞ!」
「ん? あ、あの少年は……」
イオナが視線を向けると、先ほど噴水近くで黒髪の少年と何やら揉めていた金髪の少年が眼鏡の女性に詰め寄っていた。眼鏡の女性が落ち着いて対応する。
「……なにがですか?」
「的が動くなんてハイレベル過ぎる! これまでそんなことはなかったはずだ!」
「……昨年度から変更させていただきました。私の一存です」
「そ、そんなことが許されるのか⁉」
「試験内容に関しては一任されておりますので……次の方と交代してください」
「くっ!」
金髪の少年が不満そうに試験会場を後にする。イオナが苦笑する。
「あ~あ~、試験官に八つ当たりとか……あの子は駄目そうだな……」
「ところがそういうわけでもない……それより聞いたか?」
「な、何をですか?」
「はあ……」
リュートがため息をつく。
「ろ、露骨なため息!」
「試験内容が変更されたことだよ」
「あ、ああ……!」
「よしっ!」
「やったわ!」
的に当てる受験生が何人か出てきた。
「おっ、これはチェックした方が良いかな? えっと受験番号は……」
「かすったようなもんだろう、カスのリストを作ってどうする」
「カ、カスってひどくないですか⁉」
「事実を言ったまでだ」
「事実って……うん?」
受験生の流れが一旦途切れたかと思うと、イオナたちと同業と思われるものたちも次々と席を立って、その場を離れていく。リュートが顎をさする。
「ふん……」
「どういうことでしょうか? まだ試験は続くと思うのですが……」
「別の会場に行ったか、あるいは帰ったか。いずれにせよ……」
「いずれにせよ?」
「連中もカスだな」
「ちょ、ちょっと! 聞こえたらマズいですよ!」
イオナが慌てる。リュートが笑う。
「ふっ、お陰でこちらが仕事をしやすいがな……」
「我々も別の会場に行かなくて良いんですか?」
「同じことだ。大体ここでの試験を見ればそれで事足りる」
「そ、そうなんですか……あ、また受験生が入ってきた?」
「あいつらは平民だ」
「平民?」
「ああ、この魔法学院は平民にも門戸を開放した先進的な校風を謳っているが、その実態は、露骨な貴族優先主義だ……」
「貴族優先主義……」
「さっきの的にかすりもしなかったような連中が親のコネで合格する。それが大半、あとは申し訳ない程度に平民を合格させるだけだ……」
「そ、そんな……」
「だがな、一流のスカウトマンが注目するのはここからだ。こういうところに掘り出し物がいたりするものだ」
「そ、そうなんですか……はっ⁉」
轟音が響いたかと思うと、試験場の壁が破壊される。黒髪の少年が首を傾げる。
「な、なにをしているのですか⁉」
「的を壊せとおっしゃったので……」
眼鏡の女性に詰め寄られ、黒髪の少年は後頭部を抑える。
「な?」
「は、はい……」
リュートが視線をこちらに向けてきたので、イオナは頷く。リュートは立ち上がる。
「まあ、大体こんなもんだな……帰るか」
「え? お帰りになるんですか? ちょ、ちょっと待って下さい!」
リュートの後をイオナが慌てて追いかける。その後……。
「……ふむ、学食は美味いんだがな……」
「あ、あの? 受験から五日間、こうして学院に通っているのは何故なんですか? 後は卒業が近くなったら声をかけるんじゃないですか?」
「クライアントには三か月と言ってしまったからな。あんまり悠長なことは言ってられん」
「で、では、もうスカウトするんですか⁉」
「ああ、一応の根回しは済んだからな……行くぞ」
「はい」
食堂を出たリュートとイオナがある教室に入る。眼鏡の女性が迎え入れる。
「お待ちしておりました……」
「? 空き時間だと伺っていたのですが、生徒が勢ぞろいですね……」
「後学のために見てもらっても良いかと……」
「ふむ……」
「それでは前に……」
「はい……」
黒髪の少年が前に進み出てくる。リュートが首を傾げる。
「? どういうことですか?」
「え? 彼をスカウトに来たのでしょう?」
「いいえ、ベルガ先生、貴女をスカウトに来たのですが?」
「ええっ⁉」
ベルガと呼ばれた眼鏡の女性が驚く。
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