リッパー・イン・ザ・樹海

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──「居酒屋樹海」 前行った時には気にも留めてなかった看板を2回目でようやく見てみると樹海の2文字が点滅しながら光っていた。 (これじゃあ樹海とは言えないよな…) 苦笑しつつ中に入るとやはりこれまた樹海とは縁のなさそうな明るく盛り上がっているご様子。静かで暗く、しかし見られている感のある、そんなホンモノの樹海とは真逆のそれぞれが己のコミュニティで独自の世界を作り上げている空間がそこにはあった。 「そういえば行く前に白堂くん少し渋ってた感じあったけどもしかして大事な用事でもあった?」 そう聞いたのは古住さんと同じ上司の土塁さん、柔らかで落ち着いた性格で俺が特に信頼を置いている。 「いや、全然大したことじゃないんですけど、最近樹海で何人もの死体が発見されてるってニュース見ましてそれでちょっとビビったといいますか…」 「いや、いや君は俺らをなんだと思ってるんだ…」 古住さんが失笑しているなか他の皆も呆れたような表情で笑っていた。その中には先程仕事を教えた新人の恵土ちゃんもいる。 「えぇー、恵土ちゃんまでそんなに笑う?!」 「す、すみませんつい!」 彼女はとても真面目な性格ですぐ謝罪をした。別に謝る場面では無かったと思うけどなぁと思ったが昔は自分もこういう時があったと思い返すと微笑ましくもなる。それと同時に自分の成長を感じる、昔は非力だった俺も今は強力な自分の武器を持っている。あの頃の俺とはまた別の良さをもった俺に「進化」したんだ。 「でもここの樹海はもちろん、本物の樹海も気持ちよさそうではありますよねー」 そうゆったりと言った彼は桐崎、俺の同僚だ。 「そう?なんかジメジメしてそうだけどなぁ」 「いや、気持ちよいと思うますよー?なんかこう、あの薄暗さは他の場所ではきっと味わえないというか」 桐崎は悪い奴ではないが中々の変わり者だ。それで頭は切れるのだからとても惜しく思う。 「まるで行ったことあるような話し方だね、…え、やってないよね?」 「え、えええ行ったことないしやったこともないですよ!!」やけに焦りながら否定する桐崎、店内が暑いからか汗も浮かんでいる。 「いや、ほんとですよ…?」 「いや誰も本気で疑ってないから!ははは…」 皆はそういっているが俺は少し反応が気になっていた。そんな訳ないとは思うが可能性もゼロではない。 「けど僕が殺人鬼になったら名前は絶対「桐崎ジャック」ですよね笑」 「ははは…あっ」 「恵土ちゃん大丈夫だよ、今のは笑ってあげなきゃ可哀想な場面だから」 まだ少し引きずっていたのか笑う事を躊躇う彼女にそう耳打ちする。 樹海の中で樹海の話で盛り上がる、そんな変な光景については特に誰も言及しなかった。 ──樹海に赴きだいたい1時間半後 「いや〜〜でも、今どきは何かにつけてハラスメントって言われるもんだからねぇ〜」 「生きにくい時代ですよねぇ〜」 俺の周りは程よく酒が効いてきたようで既に結構酔っている状態だ。俺は運転係として酒は飲めないがこういう雰囲気は嫌いじゃない。 「もうほんと生きにくい…ああっ」 やや大袈裟に手振を添えて話していた桐崎の手が彼のスーツのポケットにあたる、するとそこからは驚きのものが出てきた。 「ん?なにこれハサミ?」 土塁さんがそういうように落ちたものはどう見てもハサミそのもの、しかも美容師が使うようなよく切れるやつ。 「あ、すみません。ハサミが落ちちゃったみたいで」 「危ないから閉まっとけ〜?」 酔いが回っているからか皆は特に気にしていない様子だが俺は今結構彼を疑っている。樹海に行ったことあるような発言をしてハサミ?まぁ偶然の可能性が高いだろうがもし彼がその名前にあやかり殺人鬼の模倣犯をしようものなら大変なことになる。 (というか桐崎のポケットからハサミが出てくるのもおかしいよな…) 彼の頭の良さも知っている俺は思えば思うほど不安になる。 「あ、すみません自分御手洗行ってきます〜」 疑いを加速させてから10分くらいが経っただろうか、桐崎はそういって席をたった。 「あ、俺も行ってきます」 今が聞き込みのできるチャンスだと思い、彼の後を負いトイレに直行する。 何も彼が殺人鬼だとは微塵も思ってはいない。ただ彼が何かしらのきっかけでその真似事をしようものなら俺はそれを事前に止めなければいけない。そもそもあいつが殺人犯になり俺がそれを知っていたとして俺は彼を通報することが出来るだろうか。答えは情けないがノーだ。きっと仲間を裏切るようなことは例えそれが犯罪が理由だとしても俺は出来ない。そもそも彼が人を殺したとなると俺まで捜査に巻き込まれ面倒臭いことになる可能性だってある。 「あ、白堂もトイレか」 「単刀直入で申し訳ないけど桐崎に聞きたいことがある。」 二人の距離は男子トイレ1個分、しかしここから先の二人の距離はそんなものでは済まなくなるかもしれない。俺は迷った末とうとう質問した。 「桐崎って殺人起こす気なの?」 「へ?」 「へ?じゃなくて…最大の根拠がポケットから落ちたハサミだろう、一体あれは何なんだ?」 「あー…あれは切るようのハサミだね」 「切るってやっぱりお前人を…」 覚悟は出来ていたがいざそうストレートに言われると心が落ち着かない。 「は?いや違う違う、髪をだよ髪を」 「え?あぁ髪をか…でもなんでお前がそんなもの持ってるの」 そういえば見た目も美容院で見かけるやつだもんなと改めて思い返し、妄想上の彼の本性を引っ込める。しかしそれでも彼がそんなハサミを持っているのはおかしな話だ。 「おやこれは俺のじゃなくて友達の美容院で働いているやつの忘れ物なんだよね。」 「頼むから思い直して…え?友達の?」 予想外の答えに思わずたじろぐ。 「それが昨日その美容師の友達が俺の家に来てね、あ、その友達とは家近いからよくあうんだよね。で一緒にしばらく飲んでたんだけど帰りに仕事で使うであろうハサミを忘れ物しててねぇ、困るだろうから今日帰ったらすぐ私に行こうってポケットに入れてたらそれをすっかり忘れててさぁ」 「じゃあ誰かに恨み持ってて殺人を起こそうとしていた訳では…?」 「は?あるわけないじゃん白堂酔ってるの?第一もしそうならそんなポケットなんかにハサミいれずにもっと見つかりづらい場所に入れてるって笑」 何を言ってるんだお前はと言った顔で桐崎は俺を見てくる。良く考えればそうだよな…そんな簡単な場所には入れないよな…。自分の間違いに気づき胸を撫で下ろす。胸の奥にあった冷ややかな感触は今やもう安堵から暖かくなっていた。 こうして俺の盛大な疑いは盛大な勘違いで終わったのだった。
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