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「違う、これだと変に追い詰めるだけだ。ごめん、俺が悪い。今の詠月なら、誤解して怖がるってわかってたことなのに」
ほぼ独り言のていで反省している陽太の唇が、耳に触れる位置にある。抱き締められていることに気づいた瞬間、詠月の思考は止まってしまった。
身体を拘束してくる力強さと、間近にある息遣い。それから全身で感じる陽太のぬくもりが、極端に狭まっていた詠月の視界を広げていく。
「俺の謝罪が先だよな」
「え、っと、あの」
「酔った勢いでしか告白できなくて、ほんとごめん! 我慢できずに押し倒しちゃったのもめちゃくちゃ反省してる。昨日の詠月があまりにも可愛くて、途中で止めてあげられなかったのも悪かったと思ってる。ほんと、言い訳でしかないんだけど」
「う、ん、うん?」
「やばい、俺めっちゃクズじゃん!」
耳元で次々と繰り出される告白と独白に、脳のキャパが足りなくなる。内容の把握が追いつかない状態の詠月を、陽太は更に強い力で抱き締めてきた。
彼は一拍置いてから、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ずっと好きだったんだ、詠月のこと」
その真剣な告白は、すとん、と詠月の心に落ちてきた。
少しだけ震えている声音が、陽太の想いの大きさを表しているようで胸がきゅう、と締めつけられる。背中に回されている腕も、ひどく強ばっているように感じた。
「酒のせいとか、酔っていい感じになっちゃったから流されて、とかじゃなくて。そんな、一夜の過ちとかじゃなくて。詠月のことが好きだから抱いたんだ。許してくれるなら今からだって抱きたい。それくらい好きだよ」
「……い、今からは、無理」
「うん、それはそうだよな。むしろ、なし崩しに手を出しちゃって、ほんとごめん」
辛うじて絞り出せた返事に、頷きが返ってくる。主題はそこじゃないのに、まだ頭がパンクしているせいかどうにも話題がズレてしまった。
(ほんとに、俺のことが好きなんだ)
先程の真摯な告白が耳から離れない。
まだ少し、信じられない気持ちが心の片隅に残っているけれど、これは詠月の自分への評価が低いからだ。好きな相手に好きになってもらえる、そんな奇跡が己の身に起こるなんて、一生ないと思っていたから。
ようやく、真正面から告白を受け止められるくらいに混乱が落ち着いた詠月は、行き場をなくしていた自分の両腕をゆっくりと持ち上げた。手の平でそっと、陽太の背中に触れる。
一瞬、相手の肩が驚いたように揺れた。
(陽太が緊張してる。そっか、……緊張してるんだ)
やっと気づけた事実に、詠月は軽く唇を噛んだ。想いを告げるためには、相当の勇気がいる。そんな当たり前のことに思い至らず、自分を守ることだけで頭をいっぱいにしていたことが恥ずかしかった。
昨夜の彼の睦言を、はなから疑ってかかったのだ。よくあることだ、なんて世の中の便利な言い訳を持ち出して、陽太のことを信じなかった。
(俺、陽太のこと、傷つけたんだ)
詠月だって、本心かどうか問われた時に心がチクリと痛んだのに。同じことをしてしまっていた。
けれど、陽太は諦めずに告白を重ねてくれた。謝罪までしてくれた。
多分、彼ばかりが責められる状況ではなかったはずだ。記憶があやふやとはいえ、押し倒された側の自分が嫌がらなかったことをぼんやりと覚えている。むしろ、詠月から引き寄せたような気もする。
(少なくとも、同意なしってわけじゃなかった、はず)
やり取りをはっきりと思い出せない自分が、本当に情けない。陽太はきっと会話を全て覚えていて、その上で責を負ってくれているのだろう。最終的に手を出したのは自分だから、と。
酒のせいにする酔っ払いは最低だ、と常日頃から思っていたのに最悪だ。決してアルコールのせいではなく、己の感情を律することができないほど飲んでしまった人間の落ち度だ。酒は悪くない。酔いを理由に羽目を外してしまった詠月が悪い。
ならば、ちゃんと謝らないと。
飛んでいる記憶があることも、傷つけてしまったことも。
それから、……それから。
「俺も、疑ってごめん。お前の気持ち、すぐに信じられなくて、ごめんな陽太」
触れ合っている相手の体を、ぎゅ、と強く抱き締める。息を吸って、吐いて、ともすれば引っ込みそうになる言葉を必死で声にした。
「……俺も、本心だったよ。陽太のことが、好きだ」
だから、今度また、ちゃんとしよ。
顔を真っ赤に染めながら紡ぎ出した告白に、密着していた陽太の体が勢いよく離れた。二人で顔を合わせる。真正面から見つめてくる瞳が、陽の光のようにキラキラと輝いていた。
「嬉しい、ほんとに最高に嬉しい! 詠月、好きだ、俺と付き合ってください!」
順番めちゃくちゃになってごめんな!
勢いよく付け加えられた一言に、思わず笑ってしまう。確かに、順序も感情もぐちゃぐちゃになったけれど、心は晴れ晴れとしていた。
こんなに真っ直ぐ想ってくれていたんだ、と胸の奥が熱くなる。
けれど、陽太の次の発言で、詠月の心はざわつくこととなった。
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