ジャック大将とボクは何処へ行くのか?

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大将と呼ばれるにんげんと友達になりたくなって、そして、その大将は、例えば、ジャックという名前であったりするのだから、ジャックという名前を持ったにんげんをボクは探した。 大将のジャックといったって、麻薬の密売人でもなければ、暴力グループの頭でもない。 朝っぱらから、ファーストフードの店で、ハンバーガー・セットをかっくらっていたり、コンビニで漫画週刊誌を立ち読みしていたり、花屋の店先で一輪の薔薇の花を買おうかどうしようかと迷い顔をしている誰か、そんなにんげんのひとりであってかまわない。 だから、ボクは、行きつけのコンビニ前のジュースの自販機の傍で、器用にコインのお手玉をしているそいつに、「OH、大将!」と呼び掛けた。 相手は、「誰のことだい?」という顔を一瞬したが、周りに、そう呼ばれるにんげんはいないと判ると、ニコッと笑って、 「タ、大将なんておじさん臭い呼び方だな」とこたえた。 いや、大将ってのは偉いんだよ、と僕は透かさずこたえた 「何しろ、これからこの僕と旅に出掛けて行ってもらう、そのボス=大将なんだから、ネ。そして、名前は、ジャック。カッコイイだろ?」 すると、大将と呼ばれたからには、もうジャック以外の誰でもなくなったにんげんは、ふーんと頷き、「ところで、何処に行くんだい」ともっともな質問を寄越した。 わからない、とボクはこたえた。 無責任だな、と大将と呼ばれたからにはジャック以外の何者でもないにんげんとなったそのひとはまた笑った。ボクも笑った。 何だか、気が合うね、とボクが笑いを消さないでいると、これしきのことで気が合うと決めつけるなんて、きみはなかなかイイひとなんだな、とそのひと=ジャック大将はお世辞を言った。 ボクは、ジャック大将の肩に手を掛け、じゃあ行こうよと快く誘った。 うんとジャック大将は頷き、拒まなかった。 ジャック大将とボクは、コンビニ前からいっちょくせんにのびている道を肩を並べて歩いた。 何、やってる人?と訊くと、何もやってない人とジャック大将はこたえる。 きみもおんなじっぽいね、と言われて、うんと返事をしかけたボクだったが、待てよの気分で言い返す。 「いや、そうでもないよ。だって、これから、ボクは、きみといっしょに旅に出掛けるんだから。ボクは旅人になるんだ。それはきみもおんなじだ。だから、きみも、今この瞬間からでも、何もやっていない人ではないんだ」 「そう言われると、何だか急に偉い人になったような気がするよ」 ボクは我が意を得たりとうれしくなった。 「そうだよ。きみは偉い人なんだよ。だって、大将さんで、名前はジャックで……」  するとジャック大将は一瞬ワケわかんないと言いたげな顔をしたが、ニコッと笑いなおして、 「その名の由来は?」と訊いた 「あ、よくわかンない」 「さっきとおんなじだね、やっぱりきみはいい人だね」 ジャック大将は、さあ行こう、もっともっと歩こうと真っすぐ前を向いた。 それから、午後の陽ざしがぐんぐんと強くなってきた。 酷暑続きの夏も終わって、季節は秋めいてきているが、ひたいには汗が滲む。 暑いよね、と肩を並べて歩く横から、ボクはジャック大将のひたいの皮膚を指先でぬぐってやるのだが、つい爪を立ててしまって、痛イぜと彼を嘆かせる、しかしそんなことも愉快でたまらないのだった。 何だか、このジャック大将と100メートル一緒に歩くうちにも、ウキウキさせられそうな楽しい出来事が待っているような気がする。 その最初の100メートルを歩き終えると、ジャック大将とボクはお腹が減ったので、ドライブインみたいなところにある食べ物店に入り、焼うどんと豚骨スープと野菜サラダのセットを頼んだ。 この焼うどんは旨いが、少々味が薄く感じられるとジャック大将は卓上のウスターソースをじゃぶじゃぶ掛ける。そんなところにも愛嬌がある。ボクも、キャハハと笑って、見習うようにして、ソースをじゃぶじゃぶと麺に掛ける。 何だか愉快だな、こうしているとな、とジャック大将はゴキゲンな顔をして、 「で、ところで、オレたちってのは、何処へ行くんだい?」 とまた訊いた。 「よくわかンない。うん、まだわかンない」とボクもまたこたえた。 次の100メートルを歩くうちに、ジャック大将自身から語られるまま、ボクは大将の身の上の一端を知った。 ――大学を中退して、さる有名陶芸家のもとへ弟子入り志願をしたが、呆気なくも挫折した。 ジャック大将は、ろくろを回す手付きをしながら、 「いやオレが悪いんだけどね、師匠の奥さんを何だか好きになってしまって、お決まりのすったもんだがあってさぁ」と溜息を付いたが、 「いや、奥さんとの件を含めてそっちの方面にはもう何の未練もないんだ」とこれは強い口調で言った。 ハァとボクも真似して溜息を付くのが可笑しくて、二人で笑うと、 「そっちはどういう半生?」と訊かれた。 何だか大袈裟な訊き方をされているみたいで、ボクはちょっと照れたが、あれこれとこたえるのも面倒くさくて、こっちもあれこれあって、高校中退、そのあとの専門学校も辞めちゃって、今はバイト暮らしをしている、としょうじきにこたえた。 ふーんと頷くジャック大将は、 「まあ、ジンセイ、いろいろあらーな。オレも似たもの、バイトさまさま」と笑って、長い腕を伸ばして、ボクの肩に回した。   その次の100メートルは、二人とも黙って歩いた。 気まずさなどは感じない。 陽ざしはますます強いが、時々快い風も吹いてきて、ああキモチいいぜよとジャック大将は独り言めいて呟き、ボクも頷く。そんな感じが、またとてもイイのだった。 そのうち、迷い子のような子犬が不意に傍に駆け寄ってきて、ジャック大将の脚に甘えて絡みつくようなしぐさをすれば、ヨシヨシとジャック大将は頭を撫でてやり、そのついでというように、ボクの頭も撫でたりする。 こいつも道づれにするかい、とジャック大将は子犬の尾っぽを掴むが、それに驚いたのか、ワンとヒト声鳴いて、子犬はいなくなった。 ボクも、ワンと何だか鳴きたくなって、本当に鳴いてみせると、ジャック大将は尾っぽなどありもしないボクのお尻の辺りを抓るようにする。痛いとボクが嫌がると、ごめんよとジャック大将は謝り、照れたのか、少し顔を赤くした。   次の100メートル、そのまた先の100メートルとジャック大将とボクは休憩もしないで、歩いた。 「あんたとなら、このままいくらでも歩けそうな気がするなぁ」 「マジ、そうみたいですね」  ジャック大将はますます強く僕の肩を抱いて、歩く。 「こんなに歩いても、全然疲れない。面白いな」 「ホント、そうですね。何だか、地球の果てまで行けそうですね」  本音を伝えるボクに、「地球の果てかぁ」とジャック大将は得心したという顔になって、 それから、子供の頃の思い出話をした。 ――小2か小3の頃、クラスで一番の仲良しだったコミネという男子と毎日一緒に学校から帰りながら、いろんな話をしたが、コミネはある日、家に帰るのが嫌だ、おとうさんもおかあさんも働いていて帰りが遅い、一人っ子の自分は、いいかげんうんざりしてるんだ、と愚痴った。 そうかよとムクムク同情心が湧いて、とにかくこのまま歩こう、家には帰らないで歩こう、自分も付き合うからと励まして、言葉通り歩いた。手を振って元気さを装って歩いているといつの間にやら、自分はこのコミネとならこうやって肩を組んで歩けば、海を越え山を越えして、何処までも行けそうな気がしてきた。コミネも思いは同じだったようだ。「そうだよ、地球の果てまでだって行けそうだ、きみとならな」とコミネは大人びた口調で言う。「地球の果てって、どんななんだよ」と訊き返してやると、コミネは、こうこたえた。 この間読んだばかりの童話に、ホーリー大将という海賊の大将さんが出てきて、彼は手下の乗組員どもに、いつだってこんな景気の良いことを言っていた。 〝そうともさ! この地球という星の七つの海はオレのもの、だから、おまえらも何も恐れることはない。このままこの船で何処まで行こうと、そうだとも、地球の端っこの端っこまで行ったって、オレ達の船はその端っこから、何処へやらと落っこちて沈没なんぞはしない。そうだとも、皆の者、大船に乗ったつもりで、さあ、櫓を漕げ、櫓を漕げ、休むとただじゃ置かないぞ!〟 ――「そうなんだな、地球は丸くて円いなどとは誰一人思いもしない時代の話。地球の端っこの端っこから落っこちてしまえば、万事キュースってなもの。オレは、この話が理屈抜きで好きになった。おおきくなったら、海賊というのはともかく、大きな船の船長さんになって、七つの海を航海したいと夢見た。コミネはその後、転校して、今は何処でどうしているのやらという感じだが、ともあれなつかしい」  ジャック大将は前を見たまま、歩くまま、語り続けてやまない。 「あんたとこうして歩いていると、久しぶり、思い出したってわけさ。コミネのことや、コミネの語った話ってものをな」――ジャック大将は、カンガイ深げに頷いた。  そうかいとボクも頷いて、もっともっと歩こう、ホント、地球の果てまで歩いて行けるなら、とそんな気持になっていた。 地球の果て、地球の果て、そうだ、地球の果てだ、オレたちは行くんだ、行ってみようぜ!――ジャック大将は勇敢な声を上げ、 「そう、そう、地球の果てってことは、この世の果てってものでもあるのかもしれないな」と景気よく声のボルテージをいっそう上げる。 「この世の果て、なんていったら、この世の終わりって感じもして、怖いよ。死出の旅ってね」とボクが突っ込んでやると、 「そんなネガティヴな思考は、ナシ」とジャック大将は少し怒ったような顔をして、さあさあ、歩こう、もっと歩こうとボクの手を引く。  煽られるがまま、それからどれだけ歩いたのだろう。 さすがに、ボクは疲れてきた。こんなことじゃ、地球の果てとかにたどり着く前に、ヘナヘナになってしまうよと情けなくも足がのろくなる。 仕方ないなぁとジャック大将は苦笑して、「じゃあ、ヒト休みするか」と折よく見えてきた1軒のモーテルに誘った。 何も男子二人でヘンなことうやイイことをしようっていうんじゃないから堂々と入ればいいんだ、とジャック大将は言葉通り、余裕シャクシャクと部屋に入り、腹、減ったよな、とスパゲッティやフライドポテトや飲み物を手慣れた感じで注文してくれる。 ふかふかのベッドに寝そべったままで、ボクたちはお行儀悪くも、食事をした。 「何だか、楽しいなあ。ホント、それしか言えない」 「ホントホント、生まれて初めてかもしれない、こんな気分って」 言い合ううち満腹になったボクたちは、いつの間にやら眠っていた。 目が覚めると、疾っくに夜だった。いや、翌日の朝かもしれない。 「6時だよ」と先に目を覚ましていたらしいジャック大将が教え、朝だか夜だかわかんないけどね、と笑う。二人ともスマホも持っていないし、腕時計なども手首に付けてはいないので、部屋の壁時計が指し示す「6」という数字を信じるしかない。 外に出てからのお愉しみかな、とジャック大将は、部屋の隅にある自動の精算機に、クレジットカードを差し込み、支払いを済ませると 「今の時刻は6時。さあ、朝でしょうか、夜でしょうか」と謎かけをするようなウインクをして、先に部屋を出る。ボクは追う。 外に出ると、暗い。薄暗い。 「暗いなー」とジャック大将は晴れ晴れと言い、「そうだねー」とボクは応える。 ボクたちは手を握ったまま、歩く、歩いて行く。 黙っていてもそのうち答えは出るんだ、と二人して理解している。 刻々と辺りが明るくなれば朝なのだから、今は午前の6時で、刻々と闇が濃くなるばかりであれば、午後の6時ってわけだ。 「ワクワクするなー」 「ホントだね」 1歩2歩、5歩10歩、50歩100歩と進んでいく。薄暗さに変わりはない。と言って、闇が濃くなるといった気配もないし、陽が射してくるということもない。 朝の6時か夜の6時かの謎解きは、なされぬままに、ボクたちは歩くしかなかった。 ノドが渇いたよーとボクはそのうち、そんなにノドなんて乾いていないくせ、言った。 オレもそうだよーとジャック大将も同調したが、脇の道に飲み物の自販機などは見えて来ない。 「チェッ、冴えないな」 「ホント、そうだね」  お互い、真顔で嘆いてみせると、若い男子二人が揃って何をやっておるのかと叱るような明るさが、ヒト息に辺りに充ちた。。 「あッ」 「あッ」 同時に声を上げ、頷き合って、やったーと抱擁し合って、キスまでした。 唇をハシタないほどくっ付けたおかげで、ノドまで詰まっちゃいそうだと焦っていると、 また若い男子が二人揃って何事か、と叱るような暗さが、ヒト息にも辺りに充ちた。もう日の明るさはかけらもなかった。 「あッ」 「あッ」 ボクたちはまた同時に声を上げたが、頷き合うことはしない。 どうなってるんだろう。どういうわけなんだろう。 ヘンな気持になるばかり、ボクたちは、手を握り合い、そろりそろりと歩き始めた。 すると、また陽が射す。と思えば、一転、暗さが満ちる。 100メートル進むごと、とは、もう、言えない。 明るくなる、暗くなる。1歩2歩3歩と進むたび、その繰り返しだ。 「来るところまで、来ちゃったってことかな」 ジャック大将が呟いた。 「えッ?」 「だから、行くところまで、オレたちはたどり着いてしまった、のかもしれない」 「だったら、ここは、何処?」 「やっぱり、地球の果てとか、この世の果て、というしかないところだろう」 怖いよ、やっぱり、そんなのは怖いよ。 震えが来てしまって、もう歩けなさそうなボクを、ジャック大将は励ます。 「それでも、オレたちは行くところまで行くしかないんだ。歩いて行くしかないんだ」 そう言われても、ボクは腑に落ちなかった。 「だって、もう来るところまで、行き着くところまで、ボクたちはたどり着いてしまったんだろう? これ以上、何処へ行くの、何処にたどり着くの?」 ジャック大将は一瞬、返事に困って、情けなさそうな顔をしてみせた。 わからない、わかんない。呟くばかりのジャック大将だが、足の動きは緩ませない。 ついて行くしかないボクは、焦りを感じた。そんなに早く歩かれちゃ、追いつけないよ。 それでも、ジャック大将はボクを置き去りにするみたいに、ズンズンと先を行く。 このままじゃ地球の果てから落っこちちゃうよと脅してやりたくなったが、声をあげても聞こえる位置に、ジャック大将がいるのかどうかも定かでなくなっていた。 おーいと呼んでも、返事はない。 明るくなる、暗くなる、周囲の明滅は止んでいない。
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