10人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
舞子はそれなりに整った顔立ちをしていたものの、容姿端麗というほどには突き抜けてはいなかった。勝手に点数をつけるとすれば六十九点くらいだろうか。ところが、なぜだかやたらと男好きするやつで、男を取っ替え引っ替えしていた。
月間制で次から次へと鞍替えをして、ときには週間制で止まり木を替えた。ただし、二股のような同時進行は、ぼくの知る限りなかった。
「わたしは不器用な女やさかいな、同時にふたりを愛されへんねん」
いつだったか、舞子がドヤ顔でそう言っていたことがある。
「涙ぼくろがある人は、浮気をせえへんねんて。人相学的にそうらしいで」
「へえ……」
「嘘やけど」
男関係にだらしない女子というのは、他の女子から忌み嫌われて然りだ。ところが、舞子は女友達も多かった。どことなく舞子は暖簾みたいなやつで、他者から敵意を向けられにくいのだ。
ぶつかっていってもまるで手応えがなく、ぶつかっていったほうが阿呆らしくなる。暖簾に腕押しを体現しているようなやつだった。
ゆえに、「まあ、舞子だから仕方ない……」と、たいがいのことは許してもらえた。
ある意味、最たる人たらしであり、向かうところ敵なしだった。
今ふうに言えば、無双である。
正確に言えば、憎めないやつである。
舞子がそういう取っ替え引っ替え系女子だったうえに、ぼくは彼女とかなり親しくしていた。大学の校内でも彼女とよく行動を共にしていたし、休日にふたりで出かけることも頻々にあった。だから、友人以上の関係をしばしば疑われたのだが、ぼくと彼女は健全に完全に友人の仲だった。
なぜ友人以上にならなかったのかと問われれば、なんとなくとそうだったとしか答えようがない。
舞子もそういうふうに言っていた。
大学からの帰り道に、ぼくが舞子にこう問うたときのことだ。
「こうやってしょっちゅう一緒におるのに、男と女の関係にならへんのはなんでや?」
梅雨の細い雨が昼から降りだした日で、舞子が傘を持っていなかったため、ぼくたちはひとつの傘をふたりで差していた。
「わたしたちのこと?」
首を傾げた舞子にぼくは頷いてみせた。
「そう」
「そんなん決まってるやんか。あんたに勇気がないからや。ふたりきりになっても、わたしに迫ってこえへんやん」
「は? こっちが迫っていったら、そういう関係になるんか」
「ならへん。迫ってこられたら硬いものでしばく」
「いや、しばくなよ。……でも、やっぱりそうやろ? 男と女の関係にならへんやんか」
「うん、ならんね。迫ってこられたら尖ったもので刺す」
「やめて。刺したらあかん……」
「でも、なんでやろな。なんとなくあんたとは、そういうことにならへん」
なんとなくというのは曖昧な理由に思えて、実のところかなり強烈な理由に違いなかった。
理由もなく、理屈もなく、なんとなくそうなのである。
理由もなく、理屈もないから、回避できない。
ぼくと舞子は友人以上にはなり得ないのだった。
さて、健全に完全にぼくと友人だった舞子は、とにかくあたたかいものが好きだった。
街中で犬なんかを見かけると、抱きつきにいって、飼い主をよく驚かしていた。汚い野良猫なんかも平気で抱きあげて、すりすりと頬ずりまでしていた。
「生き物はなんでもあったかいねん」
舞子いわく、そうらしかった。
夏でも毎日湯船に浸かるらしく、温泉なんかもかなり好きだった。人類最大の発明は炬燵だと豪語し、春の陽だまりをこの世の天国だと称した。最後の晩餐には焼き立てパンを選ぶと断言した。
大学の近くにある喫茶店にいったときのことだ。北風の吹く寒い午後だったというのに、舞子は迷うことなくアイスコーヒーを頼んだ。
あたたかいものが好きなくせにコーヒーはアイスを注文する。しかも寒さ厳しい季節に。
そのちぐはぐを指摘してみると、舞子は心外だという顔をした。
「ホットコーヒーは熱いものやんか。わたしが好きなのはあったかいものやし」
心外だという顔のまま続けた。
「熱いものとあったかいものは似て非なるものやで。いや、似てすらないやん。熱いものとあったかいものはまったくの別物やわ。一緒くたにせんといて」
「そういうことを言うんやったら、焼きたてのパンだって熱いものやろ」
すると、舞子は白い目をした。
「あんた細かいな……細かいことを言う男子は、女子に嫌われるで」
それからストローをちゅうっと吸い、「そういえば」と話を変えた。
「夏はめっちゃ暑いけど、夏の終わりはあったかいな」
「なんや急に。……っていうか、あたかいって言い方はおかしいやろ。夏の終わりはあたたかいじゃなくて、普通は涼しいって言うんちゃうか。朝晩が涼しなってきたとか」
「あんた、やっぱり細かいな……」
舞子はまた白い目をした。
「細かいとか細かいないの話ちゃうねん。普通は涼しいって言うもんやんか。あたたかいとは言わへん」
「ふうん、変なの……」
「変ちゃうちゅうねん」
「それより小さい〝つ〟を入れたほうがええと思うねん」
「ん? どういう意味や?」
「あったかいって言うたほうが、あたたかいって言うよりも、二割増しであったかいやろ?」
そんな舞子が突然大学にこなくなったのは、三年生の夏がそろそろ終わるという頃だった。彼女がいうところのあったかい季節である。
最初のコメントを投稿しよう!