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夏の終わりはあったかい
ぼくは夏の終わりになると舞子を思いだす。
舞子のことを改めて考えてみると、あれからもう十年も経っている。月日の流れは早いものだと懐古混じりに感心し、同時に月日が流れても変わり映えしていない自分に呆然ともなった。
しかし、そうやって呆然としたのは束の間で、すぐに思考がはじめに戻ってまた感心した。
あれからもう十年も経ったのか――。
当時のぼくはといえば平々凡々な学生で、偏差値が中の中というレベルの大学に通っていた。その大学の講義でたまたま席が隣り合わせになって、講義が終わる頃にはすっかり意気投合していた女子がいた。
それが舞子である。
うららかというよりも、気怠い春の午後だった。窓から差し込んでいる陽光が、白い筋をぼんやりと作っている。
講義がはじまってすぐのことだった。隣に座っていた舞子が、突然ぼくに話しかけてきた。
「わたし、冬生まれなのに舞子っていうねん。変やろ?」
ぼくのほうに小柄な身体を少し傾けて、耳もとでひそひそと呟いたのである。それまで舞子とは一度も話したことがなかったというのに、まるで前々からの友人であるかのような口調だった。
いきなりのことでぼくはおおいに戸惑ったが、それを隠してぼくも小声でひそひそと応じた。
「いや、どこが変かわからへんけど……」
「舞うといえば桜やろ? 桜といえば春やん。それやのに冬生まれで舞子は変やんか」
「まあ、言われてみればそうかもしれんな……」
「それより、これ見て」
舞子は自分の右目の下を指差した。
「わたしのこの涙ぼくろ、実はタトゥやねん」
「へえ……」
「嘘やけど」
妙なやつだ。舞子に対する第一印象はそんな感じだったのだが、ぼくは今も昔もわりと妙ちきりんなやつが好きだ。舞子の妙ちきりんなところがきっかけで、ぼくたちは仲良くなったのだった。
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