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「それより、お前さんも災難だな。」
「何がですか?」
オーレンは、黙って自分の眼球を軽く指差す仕草をして見せた。
「ああ、これの事ですか。」
「ハル、お前いろいろと覚悟は出来ているのか?」
「覚悟ですか・・・・・。まぁ、こればっかりはどうしようも無いみたいですから。」
「お前みたいな子供が背負うモノじゃないんだよ、本当は。」
オーレンは申し訳なさそうに、それでいてどこか励ます様に僕の頭の上にそっと手をあてる。
「僕はもう15ですよ。充分に大人ですよ。この国にも僕より幼い子なんて沢山居ますから。その子たちの為にもこれは必要な事ですから。」僕は精一杯、はにかんで見せた。
「すまない。」
「謝らないでください。別にオーレンさんのせいとかでは無いですから。」
「いや、せめて謝らせてくれ・・・・だってお前は、」
ジャリッ。足音が聞こえると、「待たせたわねっ。」、「おまっとさんですぅ。」サラとエルラだ。
「なんか、エライ暗い雰囲気どすなぁ。どないしたん?」
そんなエルラの問いに対して、「別に何でもありませんよ」とまた、笑顔を作って振り返るが。
「なっ!!!」
僕は今日一番の声を喉からなのか、腹からなのか、とにかく大きな声を上げてしまった。
「きゃっ。何よ、びっくりするじゃない。」
サラが驚いた素振りから、すぐにジロリと睨みつけてきた。いつもならここで、「すいません。」とまるで条件反射の様に返すところだがそれすら出来ずに固まってしまう。
「どないしたん?そんな大きな声を上げてぇ。」
「エ、エルラさん。・・・・・それ。」
「それと言われても、分かりませんなぁ」
僕はこの時だけは、エルラさんの独特の語尾の上がるイントネーションに一切気を取られる事は無かった。
「エルラさん。」
「なんですの?」
「そ、そのネックレスは最初から着けてましたっけ?」
エルラの胸元には、翡翠に輝く魔法石をあしらった美しいネックレスが身に付けられていた。
「あら。気づいてくれはったん?これ、露店で売られておってなぁ、エライ綺麗やなぁって思ってたら、店主に試着して見ないか言われてなぁ、着けたらびっくり。エライ似合うてしまってなぁ。一目惚れいうヤツやなぁ。」
意気揚々と語りだすエルラは凄く楽しそうだった。
「いや、実は僕もそれに似たモノを露店で見まして・・・・。」
「ええもんは、誰の目にも止まる言う事やねぇ。ホンに綺麗やわぁ。」
エルラはうっとりした表情で翡翠色の魔法石を指でなぞる。
「い、いや。エルラさん、僕の記憶が正しければそれ凄く高価なネックレスだと思うんですが。」
「良く分かってるやないのぉ。装飾品は身に付ける者と釣り合いが取れて始めて本当の価値が出る言うんよぉ。」
「いくらでした?それ。」僕は目を細める。
「いくらやったかなぁ。」
「僕の記憶だと金貨100枚だったと思うんですが。」トーンをおとした低い声で責める様に言った。
「「金貨100枚!?」」
オーレンとサラが度肝を抜かれた様に全く同じリアクションをする。まぁ、当然だ。金貨100枚なんて言ったら数年単位で遊んで暮らせる額はあるのだから。
「たしか、そんなくらいやったかなぁ。」
まさか、金額まで当てられると思っていなかったのか徐々にエルラの余裕が無くなっていくのが僕には分かった。
「まさか、支給された金貨を使い切った訳じゃないですよねぇ?」
「・・・・・・・」
まるで時が止まったかの様に、空を眺めだしたエルラに「どこ見てるんですか。」と問い詰める。
「だって!とても綺麗だったのよ!魔法石との出会いは一期一会なの!これを逃したらもう手に入らないかもしれないのよっ。」
何故か標準語でエルラは猛烈に弁明してきた。
「オーレンさんも何か言ってくださいよぉ。」
僕はオーレンさんに助け舟を求めた。
「オーレンさん?」
絵に描いたような脂汗をダラダラ流し、空を眺める姿がそこにはあった。
「どこ見てるんですか。それとどこからそんな汗が出てくるんですか?・・・・・・まさかっ!」
「オーレンさん、正直に言ってください。お城で貰った金貨はそのポーチに入っていますよね?」
「・・・・・・・・」
「ちょっと跳ねてもらえますか?」
ガサッ。
オーレンは垂直に飛ぶと華麗に着地するが、コイン特有の金属音は聞えてこなかった。すると。
「すまんっ!」
急に、頭を腰の位置くらいまで下げる両手を合わせて猛烈な謝罪を始めた。
えぇ。
「皆に当分の間旅に出ると言って廻ったら、あちこちから酒代のツケや酔って壊した建物の修理費、借りてた金の取り立てその他諸々で、列が出来ちまって・・・・。すかんぴん、、、です。」
嘘でしょ、、、。
「日頃の行いのツケが廻ってきた言うヤツやねぇ。」エルラが、息を吹き返した様に会話に入ってきた。
「どうするんですか!まだ旅、始まってすらいないんですよ!」自然と語気が強まる。
「いやぁー。一人金貨100枚も貰ったじゃん?合わせれば金貨400枚もあるんだし、俺の分くらい良いかと思って、、全部返済に当てて・・・・・しまいました。反省っ。」
壁に片手に押し付け頭を下げるオーレン。
「もう、既に200枚失ってますけどね。あとなんですか。そのポーズは、、、。」
「まぁ、使ってしまったモノしょうがありまへん。ハルはんもそんな責めんで上げてください。」
元の語尾の上がるイントネーションに戻っているエルラ。
「いや、アナタもですよ。エルラさん。」
僕は大きくため息付きサラに向かう。
「サラさん、出鼻を挫かれましたが、まだ僕とサラさんの分があります。なんとか、、、」
サラは誰も居ない方向へ向いて腕を組んで黙っている。
二人が旅の資金を使い切ったなんて知ったら一番に怒り出しそうなハズなのに、先ほどから怖いくらい静かだ。
「サラさん、いったいどこを見て、、、まさかっ。」
「何よ?」
サラはさっきまで買い物を手伝ってくれていた時と変わらない毅然とした態度のままだった。
良かった。サラさんに限っては心配は無用だったに違いない。危うくとても失礼な事を言ってしまうところだった。
僕とそう歳は変わらないだろうが、たぶんこの中では一番しっかりしているし。
「い、いえ。何でも」
「無いわよ。」
「え?何がです?」
「ワタシも無いわよ。もう金貨。」
凛とした姿勢で腕を組み、サラもまたどこか遠くを見ている様だった。
「無いって、サラさん、、、。嘘ですよね?この人達のノリに合わせる必要なんて無いんですよ。」
「別に嘘なんてついてないわよ。」
サラは自ら先ほどオーレンにさせたように、真上に向かって跳ねた。
ガサッ。先ほど同様に今回も金属音はしなかった。
嘘だ。
「サラさんまで何買ったんですか!それともツケですか!」
「別に何も買って無いわよっ!それにツケなんてどこにも無いわよっ!バカにしてるのアンタ!」
えぇ。
逆に怒られてしまった。僕が間違っているのか?
「サラお嬢まで金貨を使い込むとは俺からしても想定外だなぁ。何に使ったんだい?」
良いタイミングでオーレンが割って入ってきた。
たしかに、普通金貨100枚を使い切るなんて逆に難しいハズだ。エルラさんの様なケースは別物だけれど。
「別に、アンタたちに関係無いでしょ。」
サラはあまり話したくは無いのか、質問の答えを渋る。
僕は考えた。
オーレンさんの場合は、既に不特定多数に金貨が渡っていてもはや取り返しがつかないし、エルラさんのネックレスに関してもひょっとしたら既に購入した露店自体が撤収している可能性が高い。
そうなると、残ったサラさんの使い道次第では回収出来る可能性も無くもないのではと。
「サラさん話してください。知っているとは思いますが頂いた金貨は、僕たちが旅するにあたって国王様が充てがってくれた大切な資金です。」と言って横目で、オーレンとエルラを一瞥する。「せめて、何に使ったか。(出来れば、場所と相手の名前も・・・)」
「・・・・・・・」
「サラさんお願いします。」
「あーー。もう分かったわよっ。寄付したのよっ。」
「え。寄付?」
予想外の言葉に、意味を頭の中で再確認する。
「寄付ですか。どこへかも聞いてもいいですか?」
「孤児院よ。」
「孤児院ですか。」
「町外れにある、エルゴール孤児院ってあるでしょ。そこに寄付してきたのよっ。それい以上でも以下でもないわ。」
知らない。
エルゴール?
サラさんの名前にもたしか、、、。
「身寄りの無い子供たちを保護している孤児院で、私の育った場所よ。ずいぶん前から経営が厳しい状態だったの。子供たちのご飯もままならない状態だったのよ。」「・・・・仕方がないじゃない。」
サラは強い口調で言葉を放ってはいるが、どこか罪悪感めいた表情も話している中垣間見えた。
あの二人とはまた毛色の違う金貨の使い道で、尚且つ孤児院への寄付となると僕も振り上げた拳は降ろさざる負えなかった。
きっと、孤児院に寄付の取り消しを申し立てればサラさんが寄付した金貨100枚はきっと戻ってくる。
しかし・・・・・・。
さっきの話を聞いてしまった後では・・・・。
「・・・・・・はぁ。分かりましたよ。」
「エルラさん、これからはあまり衝動買いは抑えてください。高価なモノは特に。」
「オーレンさん、ツケや借金の支払いは無理の無いしっかりとした返済計画を立ててください。」
「サラさん、、、は、いくら善行と言えどこういった事をする際は一度相談してください。」
とりあえず伝えたい事を言葉にした事で、僕の方も少しは落ち着きを取り戻せたし、多少強引にも自分自身をなんとか受け入れる方向へ持っていくしかなかった。
「気を付けますぅ。」
「分かった。本当に申し訳ない。」
「わ、分かったわよっ。」
「はい。分かって頂けたのなら幸いです。」
「じぁ、もう。そろそろ行きましょうか。幸い、僕の持つ金貨はまだ99枚残っていますので、贅沢をしなければ当分の生活費は何とかなると思います。」
「それでは向かいましょう。東の国コートポリアへ。」
「ッてか。こんなの国王様にバレたら俺たち揃って打首だな。逆に行くしかねぇ。急いで国から出るぞ!」先ほどまでの反省はどのへやら、オーレンがニシシと笑って見せた。
「いや、本当に反省してくださいよぉ。」
奇しくも、僕たち四人の旅は金貨99枚を持ってようやくスタートした。
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