双子の四兄妹

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双子の四兄妹

 暑夏の夕焼けが山々の背を赤く染める。  和風建築のとある屋敷内では、昼間よりも落ち着いたみんみん蝉の鳴声が空気を震わせていた。  そんな中、夏虫に目も暮れず木造回廊をひたすら突き進んでいく者が一人。  まだ二十代前半の青年だった。  着物に袴という和装は、精悍(せいかん)な面立ちをした青年によく映えている。  何より目を惹くのは、青年の頭髪だった。  黒髪なのだが、一房だけ青くなっている。これは染めているのではなく、生まれつきだ。  その特殊な印章は〈髪印(はついん)〉と呼ばれ、〈四神(ししん)〉をその身に宿す証であった。  すると、突如右手にあった庭園の虚空から禍々しい気配がした。視線を動かせば、いつの間にか濃密な邪気が渦巻く大きな黒穴が出現している。  黒穴が現れて間もなく、三体の異形が青年めがけて急襲した。  薄緑のごつごつとした肌が特徴的な、鬼型異形の餓鬼(がき)。  三体の中で最も大きい、人骨型異形の狂骨(きょうこつ)。  そして、尾が鎌になっている動物型異形の鎌鼬(かまいたち)。  下位、あるいは中位の異形だった。  青年は特段表情を変えることなく、怜悧かつ冷淡な面差しのまま右手を宙に(かざ)す。すると、手元に雄壮な薙刀(なぎなた)が具現した。  異形が目と鼻の先まで迫った瞬間、柄を強く握りしめて横一閃。その際、青い桜の花弁が優雅に舞い散る。同時に異形も灰燼(かいじん)と成り果て、呆気なく消失した。  ——ここでも鬼門が出るってことは、相当結界が弱まっているな。    青年は薙刀を消滅させて、心の内で独り言ちる。  そこで、異形の灰燼(かいじん)が少し着物に付着していたことに気づいた。あからさまな嫌悪感を剥き出しにして、黒ずんだ塵を払う。 「俺の着物に(まと)わりつくな。穢れる」  着物を整え直し、青年は歩を進めた。  しかし、また立ち止まって着物の方に視線を落とす。  目を凝らせば分かる程度の薄い汚れ。それがどうしても気になってしまい、盛大に溜息を吐いた。 「全く……。奴らときたら死んでもなお厭わしい。特注品の着物(これ)が汚れてしまったじゃないか」  また着物を新調しなければ、と青年——折節(おりふし)柳義(やなぎ)は顔を(しか)めつつ、目的地まで急いだ。  それから暫く歩いていると、屋敷の一番奥にある目的地の大広間に着いた。  広間の入口となる襖の前には、直垂(ひたたれ)装束を着用した女性が佇んでいた。  歳は柳義よりも少し上くらいだろうか。丁寧に切り揃えた断髪に、切れ長の瞳と細渕眼鏡が理知的な印象を与える。  女性は柳義を視認するや否や、(うやうや)しく首を垂れた。 「お待ちしておりました、柳義様。どうぞお入りください」  女性が襖を開けたので、柳義は謝意を述べて入室する。  室内を見渡すと、そこは何十畳もある大広間になっていた。  広間の奥の方は段差になっていて、一段高くなっている。その中央には、豪奢な座布団が二つ。その構造と厳格な雰囲気は、さながら江戸時代に見られた将軍謁見の間のようだった。  壁には、黄龍(こうりゅう)麒麟(きりん)らしき霊獣を取り囲む四神——青龍(せいりゅう)朱雀(すざく)白虎(びゃっこ)玄武(げんぶ)(かたど)った掛軸がある。 「兄様、御無沙汰しております」  ふと、玲瓏な声がかけられ、柳義は正面に目を向けた。  そこには三人の男女が、中央奥の座布団と対座する形で横に並んで座っていた。  柳義に声をかけたのは、一番手前に座っていた長髪の女性だった。  腰まで伸ばした射干玉(ぬばたま)の髪に、桐の花をあしらったカチューシャ。身に纏う典雅な服装は、軍服に似た緋色の上衣とロングスカートという一風変わったものだった。特筆すべきは、柳義同様一房だけ赤く染まった髪印。 「桐玻(きりは)。久しぶりだな」  柳義は双子の妹である桐玻(きりは)に微笑む。桐玻も柔和な眼差しで見つめ返した。  一卵性双生児のため、その相貌は瓜二つだが、兄の方が少し吊り目で鋭い目付きをしている。 「チッ、鬱陶(うっとう)しい奴が来やがった」  そこで、辟易したように吐き捨てる声音が広間に冴え渡る。穏やかな雰囲気が張り詰めたものへと一変した。  桐玻の左隣で胡坐(あぐら)をかいて、膝の上で頬杖をしている短い黒髪の女性。  純白のスーツジャケットにズボン、銀灰色のネクタイには梅の意匠が施されており、彼女にも白の髪印が見られた。 「相変わらず粗暴で品性の欠片も無い振る舞いだな、要梅(かなめ)。それが実の兄に対する態度か?」 「生憎、お前みたいなナルシストを兄貴だと思ったことは一度も無いんでね」  柳義たちと二つ歳が離れた妹の要梅は、険ある眼光で兄を射抜く。が、当の本人は冷徹な表情を崩すことなく睥睨(へいげい)した。 「少しは桐玻を見習ったらどうだ。それにお前には、人の上に立つ者としての自覚も足りていない」 「別に人の上に立ちたくて、今の立場になったわけじゃねえよ。なあ、槐斗(かいと)」 「…………」  隣に座す少年——要梅とは双子の弟である槐斗は、うんともすんとも言わずに手元のゲームに没頭していた。  華美な衣装が目立つ兄や姉に対して、彼は随分質素な身なりをしている。白シャツに黒のベスト、それからダボダボとした黒ズボン。それから(えんじゅ)の花が煌めくペンダントをプラスしたシンプルな出で立ち。  だが、共通しているのは癖毛のなかで異様を放つ濃紫の髪印。  無気力そうな半眼を落として、一切こちらを見ようとしない——いや、そもそも柳義の来訪や要梅の声に気づいていない末っ子に、長男たちは嘆息した。  ゲーム画面にClearと表示されると、槐斗はようやくゲーム機を畳の上に置いて顔をあげる。  呆れた視線が複数感じられ、右隣の方を振り向くと、 「あ、柳義兄さんも来てたんだ」  久しぶり、とようやく柳義の存在を認知し、幼少期から変わらぬマイペース振りを発揮した。 「お前、やっぱりさっきの話聞こえてなかったよな?」  小首を傾げて肯定する弟に、姉は「……ゲーム、クリア出来て良かったな」と苦笑しながら彼の肩を叩いた。 「憐れだな。いつまでも子供じみた横柄な態度を取っているから、弟にも見放されるんだ」 「ハァ⁉ アタシの態度は関係ねえだろうが! 槐斗が話を聞かねえのは昔からだろ!」 「要梅ちゃん、あんまり大きな声を出しちゃ駄目ですよ。兄様もいちいち挑発しないでください」  柳義と要梅が火花を散らすのを宥める桐玻。一方、またゲーム機と睨めっこして次のステージに進もうとする槐斗。  個性が強すぎる双子の四兄妹は、この日一年振りに再会を果たした。
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