私の友人

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 私の友人の名は“ピヨマル”である。もちろん人間で、本名ではなくオンラインゲーム上での名だ。アバターを操り、討伐任務をこなす間柄だ。男性アバターである彼はいつもヒヨコを付けている。 「ヒヨコとか黄色いものって元気出るじゃん。だから好き~」  ピヨマルと出会って一年ほど経つが、オンラインゲーム上での暗黙のルールというか個人的な深い話はした事がなかった。ボイスチャットも出来るが、私も彼もテキストチャットしか使っていなかった。そういう所でも気が合ったから一年という月日を重ねられたのだろう。出会って一年だね、とかの会話も特に無かった。  高校に入って初めての夏休みが始まった。オンラインゲーム上で集まるのは週末や深夜だけで、ピヨマルが学生なのか社会人なのか私は知らない。この暑い中を黄色いヒヨコが走り回っている様を思わず想像してしまう。冷房の効いた涼しい部屋で、パソコンの前で、顔も知らない友人と短い交流をする。それは自分だけが別世界への扉の鍵を持っているような心地だった。 「暫くログイン出来ないと思う~」  討伐任務を一つこなした後、ピヨマルがテキストチャットでそう言った。彼のアバターは相変わらずヒヨコを付けていて、話がどれくらい真剣なものなのか判別出来なくさせていた。 「暫くって?」  そう送ってからほんの少し後悔する。これはルール違反ではないだろうか。そうなんだ、また戻ってきたらよろしく、と軽く流した方が良かっただろうか。私は画面を睨みつけるようにした。ピヨマルの返事まで長い間があるような気がして落ち着かない。 「一ヶ月か二ヶ月くらい! 色々忙しくてさ~」  今度は「仕事?」とか迂闊な返事はしなかった。私も夏休み中にバイトをするし、他にも予定はある。忙しいのは社会人だけではないのだから。 「了解。すぐに戻って来てもいいよ。別に詮索しないからさ」 「助かる~」 「クリスマス討伐は一緒に行けそう?」 「行く行く。絶対!」  ピヨマルのアバターがくるくる回るのを見て私は何だか安心した。 「夏が終わる頃には戻って来るよ~」  ピヨマルは最後にそう言った。夏は始まったばかりだし、二ヶ月後もまだまだ暑い日が続いている事だろう。ピヨマルが居なくても私の生活に何の支障もなく、オンラインゲームも当然いつも通り運営されていった。 *  夏休みが明けた学校で、同じ学年の誰々さんが亡くなったと知らされた。海に遊びに行って波にのまれたと聞いて、一瞬息が出来ないような感覚がした。私はその人の顔をよく思い出せなかったけれど、ざわめきが広がる中で何人かが涙を抑え込むように泣いていた。友人であるならば、訃報を改めて聞かされる事も、亡くなった友人との思い出がある学校に来なければならない事もとても苦しい事だろう。最寄り駅から電車に乗り、駅を五つ行った先のトンネルを抜けると車窓から海が見える。海の方から突然近づいて来たというような風景に私はいつも目を奪われていたが、次に見る時には海の美しさの底にある畏怖を思い出して目を逸らすかも知れない。忘れてはいけない感情だと私は思った。
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