私の友人

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 映画の感想を誰かに言う事もなくまた夏が来て、そして終わろうとしている九月にピヨマルは戻って来た。突然で、半ば諦めていた私は驚きも湧かなかった。深い夜と同じような長い息をゆっくりと吐き出して画面を見つめた。 「ただいま~」 「お帰り。久しぶり」 「うん」  それきり妙な間があってピヨマルもこちらの出方を伺っているのではないかと思った。ピヨマルが戻って来て話し掛けてくれたという事は、友人だと思っているのは私だけではないと考えていいのだろうか。相手を下に見ていれば強気にもなれるのだろう。この沈黙の先に何が待っているのか、私から手繰り寄せなければいけない気がした。 「あのさ」と私は言う。 「うん」とピヨマルが言う。 「ここ以外の連絡先教えて欲しい。何かあった時の為に」 「何かって?」 「ピヨマルが困ってる時とかに連絡してくれていいし、誰かに話を聞いて欲しい時とかに」  急に積極的な性格にはなれない。彼女の所為で今の私になったのは事実だが、もし小学五年生の時の事が無かったとしても私は同じような道を歩んでいたかも知れない。 「メアドでいい? ってか本当にいいの? ゲームは辞める気ないよ」 「友達になりたいから」 「嬉しい。照れるな~ってかずっと友達だと思ってたの僕だけ!?」  ピヨマルのアバターがくるくる回る。彼はやっと普段通りの調子で話し始めた。 「もっと早く戻ってくれば良かったな~。何かさ、周りが羨ましくて人と話したくなかったんだよね」 「何かあったんだね」 「うん」 「私で良ければ聞くよ」 「楽しい話じゃないよ」 「どうぞ」 「討伐任務行く時みたいだな~」 「ごめん、気の利いた事は言えない」 「いやいや、ありがたいよ」  私達のアバターは動きもせず、二人だけのチャットが画面に表示されていくのをぼんやりと眺めているように見えた。 「バイクで事故っちゃって。リハビリとかして今もちょっと大変」  キーボードに手を置いたまま、私は深夜の静寂が海の底に沈んでいくのを感じた。 「やっぱこの話止めとく?」 「何て言おうか迷ってる。ちゃんと寝れてる?」 「心配するトコそこなんだ」 「痛いだろうし、大丈夫じゃないでしょ」 「治んなかったらどうしようってずっと不安だけどさ、リアルの友達には言えないんだよね」 「気を使わせたくなかった?」 「それもあるけど、こいつめんどくせーとか思われたら嫌だし」  怪我が治ったとしても恐怖心が残れば彼はもうバイクには乗らないだろう。辿った時間は重く伸し掛かり、完全に元通りになる事を不可能にさせる。 「そう言えば、さっき言いそびれたんだけど。私もそっちの事ずっと友達だと思ってた」 「マジ!?」 「本当」  私はピヨマルを真似してアバターをくるくる回してみた。自分らしくないな、と思うがたまには違う事をしてみるのも悪くなかった。夏の終わりに二つに引き裂かれた四季に思いを馳せる。運命という言葉で自分を慰めたり憤りを感じたりしながら私は身勝手な、変わり果てた心をこれからも抱えていく。  私には顔も知らない古い友人と、ゲーム仲間が一人いる。
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