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「マユミ、大丈夫!?」
大家さんがしっぽの顔を両手で抱きかかえた。腰をかがめたしっぽが、素直な女の子らしくしおらしく首を縦にふっている。
なんだこれ。どういうことだ。
唖然とする俺に、ニヤリと視線を寄越したしっぽが大家さんに縋り付く。
「大丈夫だよ。ごめん、ママ。ゲームするって言ったらママが怒ると思ったから阿部さんに嘘ついてもらったの」
「何言ってるの。ママが怒るわけないじゃない。どれだけ心配したか。さあ、一緒に帰りましょう」
「うん、ごめんね」
「あ、あの……?」
「阿部さん、私帰る。また遊んでね」
戸惑う俺にしっぽが手を振る。その瞬間、縁というには頼りない、それでも確かに俺たちを繋いでいた何かがふつりと切れた気がした。
「お騒がせしてごめんなさいね、阿部さん」
しっぽの手を握る大家さんが嘘みたいにすっきりした顔で頭を下げた。
その横でしっぽがフフゥと俺に笑いかける。
「つうわけで、高木さんはまた今度っすね」
「今度?」
「次はびびんなよ」
開け放たれたドアからしっぽと大家さんは連れ立って去っていく。
痛む胸を押さえながら、呆然と俺はそれを見送る。
どうやらしっぽはマユミさんになるようだ。いや、もうなった、と言うべきか。俺にはエマに見えるけど大家さんにはしっぽがマユミさんに見えているのかもしれない。
愛おしそうにしっぽの手を握る大家さん。たくさんのことを忘れても残ってしまった虚無をしっぽは見事埋めてみせたのかもしれない。
これでもう二度とパレス高橋のインターホンは無駄に鳴ることはないのだろうか。
よろよろとドアを閉めても、まだ身を切る風に俺はそういえば窓が割られていたんだったと気がつく。
外に出て、鍋を拾う。
真っ暗な夜に、フフゥと笑う声が聞こえた。ような気がした。
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