邂逅

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邂逅

 夕暮れに路傍の地面が一部、小刻みにふるえている。  近づいてみると、それはとかげのしっぽだった。  風が強い。  もう秋も暮れどきだ。  とかげってこんな時期でもいるものだっけ。寒さに首をすくめた俺の耳に、突然、季節はずれの青葉のようにさわやかな声がした。 「ひどいですよね」 「え?」  見渡してみても周囲に誰もいない。  動揺する俺をたしなめるように声は「私です。しっぽです」と名乗る。 「しっぽ?」 「はい。カラスにやられたんです。散々ねらってきたくせに、くれてやったら食べないでやんの」 「はあ」  本当だ。しっぽだ。  しっぽが喋っている。  百歩譲ってとかげが喋ることがあるとしても、くれてやってない部分の方なんじゃないだろうか。  そんな俺の疑問を見透かしでもしたのか、しっぽがフフゥ、と笑う。 「離れたら、とかげとしては終わりですが、しっぽとしてはそこが始まりなんですよ、高木さん」 「何で俺の名前、知ってるの?」  驚き慄く俺に、再びしっぽはフフゥと笑う。 「実は私、お宅の庭に住んでおりまして」 「あ、そうなんだ」 「知ってますよ、高木さん。お気に入りのシャツはユニクロ、パンツはボクサー派ですよね」 「えぇ……まあ、そうなんだけど、知ってる情報が微妙にキモいのは何で?」 「情報ソースが庭から見える洗濯物だからですね」 「なるほど」  なるほどではない。  なるほどではないけど、しっぽ曰く、しっぽ及び本体のとかげは俺が住むパレス高橋の一階テラス付き賃貸の庭を寝ぐらにしており、気まぐれのような真昼の小春日和に誘われるまま日向ぼっこをしていた今日、突如カラスに襲われ逃げ惑ううちこの道端にたどり着き、絶体絶命の危機の中、切り離されたしっぽは辛くも助かったということだった。 「ちなみに本体は」 「それがね、あっちが食べられちゃってやんの」  絶句する俺にフフゥとしっぽが笑った。
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