3人が本棚に入れています
本棚に追加
その夜は久々に風呂を沸かした。
夏以来ずっとシャワーだったけど、いい加減寒いし。
身長に比して小さいバスタブに埋まるようにして温まると、我知らず安穏と息がもれる。それは体の中を底からさらったみたいに、深く長く、そしてどこかマヌケな響きだ。
やっぱり湯船は気持ちがいい。ガス代やら水道代やらを考えると懐が痛いのは否めないけれど、多少はリラックスできる。
ていうか今、俺はここくらいでしかリラックスできない。だって部屋にはしっぽがいる。なぜか女の子のすがたで。
「え?うちに来るの?」
つい数時間前、あの道端で「レッツ!ゴー!パレス!高橋!」とわざとらしくはしゃぐしっぽに俺は目を剥いた。
「来るも何もですよ。そもそも私、お宅の庭に住んでるんだから」
「ああ、そういえばそう言ってたね」
「というわけで行きましょう」
「え?一緒に?」
「その方が早くないすか」
「はあ」
早くなくても俺は困らない。ていうか戻ってこなくて別にいいんだけど。
「何してるんですか」
しっぽは存外目ざとく、俺の躊躇にすばやく気づく。
何してるもなにもないよ、困ってるんだよ。
そんな本音を口にできるわけもない俺に、しっぽも思うところがあるらしい。
「しょうがねえな」と吐き捨てて、がさりと脇の草むらに消えた。
そして現在にいたる。
「しょうがねえな」と吐き捨てたしっぽは何のために草むらに消えたのか、俺が帰宅した3分後にうちのインターホンを鳴らしたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!