邂逅

2/10
前へ
/11ページ
次へ
 その夜は久々に風呂を沸かした。  夏以来ずっとシャワーだったけど、いい加減寒いし。  身長に比して小さいバスタブに埋まるようにして温まると、我知らず安穏と息がもれる。それは体の中を底からさらったみたいに、深く長く、そしてどこかマヌケな響きだ。  やっぱり湯船は気持ちがいい。ガス代やら水道代やらを考えると懐が痛いのは否めないけれど、多少はリラックスできる。  ていうか今、俺はここくらいでしかリラックスできない。だって部屋にはしっぽがいる。なぜか女の子のすがたで。 「え?うちに来るの?」  つい数時間前、あの道端で「レッツ!ゴー!パレス!高橋!」とわざとらしくはしゃぐしっぽに俺は目を剥いた。 「来るも何もですよ。そもそも私、お宅の庭に住んでるんだから」 「ああ、そういえばそう言ってたね」 「というわけで行きましょう」 「え?一緒に?」 「その方が早くないすか」 「はあ」  早くなくても俺は困らない。ていうか戻ってこなくて別にいいんだけど。 「何してるんですか」  しっぽは存外目ざとく、俺の躊躇にすばやく気づく。  何してるもなにもないよ、困ってるんだよ。  そんな本音を口にできるわけもない俺に、しっぽも思うところがあるらしい。 「しょうがねえな」と吐き捨てて、がさりと脇の草むらに消えた。  そして現在にいたる。  「しょうがねえな」と吐き捨てたしっぽは何のために草むらに消えたのか、俺が帰宅した3分後にうちのインターホンを鳴らしたのだった。  
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加