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「身代わりってそんな……えっと、そんなのよくないよ。もっと自由に生きろよ」
「面白いことを言う。生きるよすがのとかげを失ったしっぽが自由になるだって?グロテスクで不十分で、存在する意味がわからないだけですよ。高木さんだって嫌がってたじゃないですか」
「いや、それは」
「こっちだって自分が残るなんて想定外です。でもしょうがねぇ、生きちゃってんですよ。身代わりは身代わりとして生きる矜持がある。だから別によくないですか?高木さんだって、私がいてうれしいんじゃないですか?」
しっぽがエマの瞳で見上げる。
「高木さんと彼女は縁がなかった。正直に言ってください。彼女の趣味、退屈だったでしょ?連れ回された演劇、暗い話ばっかで怖かったでしょ?山場がわかんない映画見せられて疲れたでしょ?」
「それはでも、」
「身代わりなら、中身もあなた好みにいけますよ。あなたと彼女は徹底的に合わない。二人に未来はないけど、あなたさえ良いとなれば、ありますよ。私とならば」
しっぽの誘いに、喉の奥がぐぅと鳴った。
しっぽのいう通りだ。俺は彼女が大好きだったけど、本当はずっとしんどかった。
彼女の勧める見るべきものも聞くべきものも、俺にはわからなかったから。でも「わからない」と言うことは許されなかったから。
俺は君が好きなんだ。好きなものに夢中な君も好きだ。そういう君を見てるだけでいい。そばにいられるだけでいいんだよ。それってそんなに怒られることかな。くだらないって言われることかな。
それって結局、私の中身はどうでもいいってことじゃない?そういうつもりがなくても、私にはそう聞こえるの。ごめんなさい。わかっていたの。本当は私は自分と同じ世界にいる人としか付き合えないんだって。
私はずっと孤独だった。今もだよ。ずっと間違えているの。まるで砂漠の中でさまよう蝶みたい。だけど高木くんは砂漠に来てくれない。どんなにそばにいても私だけが干からびていくの。ごめんなさい。だからもう会わない。
きっと世界でたったひとりだけ、出会った瞬間に魂が震えるひとが私にはいるの。それはあなたじゃない。あなたでは私に足りない。
頭の中で何度も繰り返したせいでエマの捨て台詞は今もくっきり覚えている。何度繰り返してもエマが何を言ってるのか俺にはわからなかった。
そうだ。あの子はめんどくさかった。
世界とか、魂とかよく言ってた。自分こそが誰よりも正しく、繊細で、偽りだらけの世界を生き抜くサバイバーだって思ってた。何度説明してもそれをわからない俺のことを見下していた。
そうなのだ。顔はすごい好きだったし、長い中二病みたいなもんかな、と思ってたけど結構やばい奴だった。
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