嘘つきハーディの嘘

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 ピリオドを打って、ペンを置いた。  途端、耳に周囲の声が戻ってくる。もとより静かな喫茶店ではあるけれど、カップをソーサーに置く音や、店員の足音、ドアベルが鳴る音は耳をかすめるもの。  けれど集中すると、そんな些細な音すら私の耳は遮断してしまうらしい。  物語の世界に入り込んで、私は彼になり、彼女になり、そうして現実に帰ってくる。  書き上げたときの達成感はいつも大きいが、今回のそれはより深いように感じられたのは、これが最後と決めているからだろうか。  文筆作業は孤独だ。  紙面に向かうのは自分だけで、他の介入は存在しない。中には、周囲の人達と相談しながら作業を進めていく作家もいるのかもしれないが、私はそうではない。  だって私はゴーストライター。  私が――ハーディ・ヘルマンが書いたものは、まったく別人の名で掲載され、世の中のひとに読まれているのだから。
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