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「今でも売薬はあるみたいですね。売るだけでなく、お客さんと交流もしているんですよね。生のコミュニケーションをとることが大事というのが分かりますよね」  そう言われると、添乗員さんの顔が微かに明るくなった。  ワゴン車は富山駅のバスロータリーへ向かっていった。午後の駅前には観光客が行き交う。大型バスを横切りつつ、始めに乗った停留所でワゴン車は止まった。 「終点の富山駅でございます」  添乗員さんは場所を知らせつつ、扉を開ける。兄貴はリュックサックを背負い、添乗員さんに軽く頭を下げた 「今日はありがとうございます」 「いいえ。私もお話できて楽しかったですよ」  添乗員さんも会釈をして、微笑む。俺たちがワゴン車を降りると、彼女も出てきた。そして、停留所の名前を言いながら、周囲の観光客に声をかける。だが、そのバス停に客は並んでおらず、近づいてくる人もいない。添乗員さんの声はだんだんと声が小さくなる。俺はそれを眺めていることしかできなかった。彼女と目が合うと、先ほどのように微笑みかけてくれる。 「また、富山にいらしてくださいね」  しかし、眉尻を下げた笑顔はどこか悲し気だった。やがて、添乗員さんは周囲を確認し、一人ワゴン車に乗り込む。車は客を乗せることなく、出発し富山駅から離れていく。 「よし、次は鉄道で金沢に向かうぞ」  ワゴン車が見えなくなると兄貴は言った。そして、抱えていたリュックサックを開け、中から俺のスマートフォンを取り出す。 「返してやる」   俺は目の前に差し出されたスマートフォンを見た。 『カラオケなう』 『盛り上がってるよ』  LINEには写真とともに友人の言葉が並んでいる。返事を送ろうと手を伸ばした。 『富山はどうだった?』  その一言に手が止まり、頭の中では今日のことがよぎる。バスで添乗員さんと話したこと、兄貴と山に登ったこと。このまま、受け取ってしまってよいのだろうか。一瞬手を伸ばしたが、俺は手を下ろし首を振った。 「まだ持っててくれ。別に旅行のときくらい、なくてもいいかなって」 「……そうか」  そうつぶやいた兄貴は微かに笑っているように見えた。    おわり
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