ピアノの音色

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「宮沢さん、もっと力を抜いて。優しく、優しく弾くの」  音楽の栗原先生は何かとピアノの弾き方にうるさい。先生は自分は弾かないくせに、色々注文をつけてきた。  むっちり肉がついた老け顔に、束の間苛立ちを覚えた。 「はい、せーのっ」  栗原先生のぶりっ子めいた声が、嫌でも勝手に耳に入る。キツい香水の匂いが、先生が動く度にふわんと広がって、鼻をツンと刺激する。  伴奏曲をイライラしながら弾く。鍵盤が視界から徐々に遠のいていき、自分のピアノを弾く音が、時々くぐもって聞こえた。  と、音を外した。  次々、外していく。  ペースが崩れる。  焦れば焦るほどに、指を思うように運べなかった。 「み    ん…?  れ  よ!ズ て !!」  遠くから、栗原先生の声が途切れ途切れに聞こえる。  あ、ヤバい。もう、ダメかも…  瞬間、  オォ_____…。  あの歌。  ピアノを弾いていると、たまに聴こえる。  それは、楽しい!とか、弾ける!の極地に聴こえることもあるし、こういうピンチとか、パニックに陥ったときにも聴こえる。そしてその低くて響く、優しい歌は、私の心を和ませ、落ち着かせる。あるいは、もっと素晴らしい演奏へと導く。 「は…はあっ…」  演奏しきったときには、少し息切れしていた。そもそも、なぜ私はパニックになっていた?  わからない。 「大丈夫?演奏が乱れていたようだけど…」 「大丈夫です、少し息切れが」 「あら、喘息持ち?本当に音楽会で弾ける?緊張で息切れ、なんて元も子もないわよ」  「喘息じゃないんで、大丈夫です」と満面の笑みで言ったら、栗原先生は苦虫を噛み潰したような顔をして、「あ、あらそう」と一言言って、逃げるように「ほら、もうそろそろチャイムが鳴るわよ、急ぎなさい」と私を急かした。  私は軽く会釈して、丁寧にドアを閉めた。  途中、栗原先生が何か言おうとしていたのに気づいたが、そちらから黙った。たぶん、「ドアはそのままでいいわよ」とでも言おうとしたのだろう。まあ、どうでもいいことだ。  さて、そろそろ教室に戻るとしよう。
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