クジラの噂

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クジラの噂

「ねえねえちょっとみんなっ!聞いた!?西村さん家の高2のお姉ちゃんが、お使いでコンビニに行ったっきり、帰って来ないんだって」  今日の教室はやけに騒がしいなと思っていたが、そのせいだったのか。あきれたようなため息が口からこぼれた。  西村さん家の、お姉さん。会ったことはないけど、なんとなく西村さんに似ているんだろうな、とふと思う。 「あ、ちょっと舞美」  先ほどまで話していた、主にすぐ隣の女子たちが、いきなりしいんと黙った。  すぐ近くの椅子に座っていた西村さんが、暗い顔でうつむく。その目元には、光るものがあった。  私は準備を終わらせて読んでいた本からチラリと目を離し、目標を覗いた。 「西村さんが、かわいそうでしょ」  副委員長の長崎さんが周辺の女子たちに向かって小さく言う。そして彼女は、女子たちの一歩前に進み出て、小さな子に話すような作り声で言った。 「ごめんね、西村さん…私たち、別に西村さんのこと、責めたり突き放したりしようとしてるわけじゃ、ないんだよ?それに、できる限り協力もしたいし」  長崎さんは周りの女子たちに向かって小さく頷く。それに応えて、みんなが大きく頷いた。  少し顔を上げたけれど、西村さんの顔は明るくならない。むしろ、もう諦めてしまったような、そんな表情にも見える。もしかしたら、逆に長崎さんを皮肉っているのだろうか。 「ありがとう、もういいよ。大丈夫だから。お姉ちゃんのことは気にしないで。私も家族も警察も、一生懸命探してるから」  西村さんが、苦笑した。  長崎さんはそれに気づいたのかそうでないのか、笑みを作って「そう。じゃあ、何かあったらいつでも言って」とだけ言って別の群れに混ざっていった。
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