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 穏やかに交際を続け、3年目を迎えた春だった。  ほんの少し足を伸ばしてハイキングに行こうと誘われた。準備するように言われたのは、山道を歩けるようなスニーカーとスポーツウェアにリュック。多めの水分にお昼は具だくさんのおにぎりがいいと言われた。 「ハイキングじゃなくて、それトレッキングじゃない?」 「ま、名前は何だっていいんだ。明日は天気が良いらしいから行こうよ」  電車に揺られ、降りた駅から登山コースの看板を見ながら歩き出す。  山の中腹から広く見渡せる景色の中で目にしたのは、町中の桜よりも早く咲き始めた山桜だった。淡いピンクの花と同時に赤みを帯びた葉の色が眼下に見える山を彩っていた。   「この桜、きれいだけどなんだか強い感じがするね」 「うん。俺もそう思う。・・・好きなんだ」  おかしいな。自分のことを言われたみたいに感じて首元から熱くなってくのを感じた。なんとか誤魔化そうとしたら、隼斗が言葉をつないだ。 「前から、さおりは桜みたいだって思ったけど、ソメイヨシノや八重桜とはちょっと違う。この山桜みたいだな」   春先とはいえ、二時間近く歩いて汗をかいているし、元々メイクも日焼け対策程度にしかしていない姿だ。  それでも、“きれいで強い”山桜に似てると言われたことは嬉しかった。  「これから先、良いことばかりが続くとは限らないだろうけど、どんなときもさおりの笑顔を守りたいんだ。守らせてほしい。俺の一番近くで笑っててほしい」  突然何を言うのだろうと思って隼斗を見ると、上着の内ポケットのファスナーを開けて何かを取り出した。 「俺と結婚してほしい」  私の返事を聞く前にケースから指輪を取り出した隼斗は、私の左手を取った。 「覚悟はall or nothingだけど…」 「待って。私に返事をさせて」  急に隼斗は真剣な表情に変わった。 「私が選ぶの」  言葉を続けると、むしろ青ざめてしまったくらい。誤解させてしまったようだから、急いで伝えた。 「隼斗と生きる人生を私も選ぶの。それがお互いの幸せだと思うから、今決めた。宜しくお願いします」  
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