03

1/8
前へ
/54ページ
次へ

03

 私が出産した日。  つまり浩太朗の誕生日は、病室に簡易ベッドを入れて貰って隼斗は一泊した。けれど、私の実家に迷惑をかけられないと言って、翌日には東京に戻っていった。  本当は、もう少し一緒にいてほしかった。ただ、GW明けの平日の真ん中で2日仕事を休むだけでも大変だったはずだとわかるから、我が儘は言えなかった。  彼は去り際、申し訳なさそうに言った。 「さおりと一緒なら平気だけど、さおりの実家はやたら広いし、天井高いじゃない?正直言って、一人でさおりの実家に泊まるのちょっと怖いんだ。だから、ごめんな。東京に帰るよ。」  確かに我が家の多くの部分は江戸時代に建てられた古い家だ。時代に合わせて改築を繰り返してきたけれど、重要文化財の指定を受けてからは簡単に改築もできず、家族みんなで大事に使っている家だ。  時間とスペースを区切って観光客も受け入れているから、彼は一人での滞在を遠慮したのだと思う。  でも、我が家に招待したとき、日中は興味深そうに見ていた彼が、夜は少しだけ様子が違ったのを知っているから怖いというのも本音かもしれない。たぶん、私だけが気付く彼の表情の変化だと思ってた。  1か月検診を終えてから私は東京に戻り、子育てに奮闘。育休は1年取れるけれど、年度の区切りに合わせて5月生まれの浩太朗が10か月あまりの時、4月から職場復帰。  キャリアはあっても、育児と仕事と家事をこなすのは想像以上に大変で、気付けば時が流れていた。  この子が生まれた日を最後に、一度も彼は私に触れてない。それに気付いたら、なんだかしんと胸が冷えた気がした。 “子どもが生まれたって、さおりが一番だからな?” “パパとママがこどもの頭上でキスしてたって歌あったよね?やってみたい”  私の実家に向かう新幹線の中で、手を繋いだままそんなことも話していたのに。      暫くして隼斗が帰宅したから、いつものように出迎えた。  少し赤くなっていたらしい私の目を覗き込むようにして、「どうした?」と尋ねてくれる優しい夫ではある。 「なんでもないよ・・・。」    そう言いながら彼に近づくと、すっと体を遠ざけられた気がした。  何食わぬ表情で、彼は着替えながら浩太朗の話を聞きたがる。  避けられたと思ったのは・・・気のせい?  もしかしたら私は、隼斗の本音や思いを、何一つわかっていないのかもしれない。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!

232人が本棚に入れています
本棚に追加