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「さおりのこと、好きなんだ。ずっと前、大学一年の時から」
「だって、隼斗は…」
私に彼がいたように、隼斗にも付き合っている人はいた。何人も。
もって3ヶ月。隼斗と同じバレー部の咲世が話していた。
長続きしないのを、からかったことだってあったくらいだ。
「好きだと気付いたときには、もうさおりには付き合っている人がいたから、諦めようと思った。困らせるようなことはしたくなかったから。相手に合わせて付き合うんだけどさ…ダメだった」
隼斗は淡々とした調子でそう言った。きっと、誇張も嘘もないんだろうと感じた。
隼斗は感情的になることはほとんどなくて、どこか冷めたような雰囲気があった。でも面倒見はよくて、誰にでも公平な人だった。さらさらの髪に奥二重の切れ長の目が印象的な人。
時々ふっと目元を緩めた時、驚くほど優しい表情になる。
でも、普段はあまりそんな表情は見せない。
「どうしても諦められなかった」
今日の曜日でも口にするみたいに、自然な調子で隼斗は言った。
「そんなふうに隼斗が思ってくれてたなんて、考えたこともなかった」
「さおりはもう、米倉に未練はないんだよな?それなら俺は遠慮しないし、我慢もしない」
あの人を好きだと思ったのは、知識が豊富でさまざまな経験があり、周囲の人より成熟した雰囲気に惹かれたからだと思う。
私はただ、世間知らずで幼かったのだろう。
働く経験をして、私自身もだし、周囲に対する見方も変わった。それは強く感じている。
私は彼の理知的な雰囲気と、紳士的な振るまいに恋をした。私が彼をあんなふうに変えたのかもしれないけど、それだけじゃない。
綻びや小さな違和感はあった。でも、それを打ち消して時間を重ねてしまった。
今なら分かる。
あの人は、見返りが得られることを期待して、最善で最小限で済む何かを周囲の人に施しているんだ。
それは、便宜だったり、優しさによく似た言動だったりした。
かつて好きだった人を、こんな風に捉える自分もどうかとは思う。
そんな人に憧れ、好意を抱き4年もの間過ごした私も、どこか歪んでるのかもしれない。
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