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隼斗とあの人は、大学は違うけれど同じ学生アパートに住んでいた。関東出身だけれど、通学圏内ではなかった隼斗はアルバイトをしながらアパートで暮らしていた。九州出身のあの人とは顔見知り程度で、交流は無かったらしい。
学生時代、私と隼斗は同じゼミで、共通の友人である咲世と一緒に遊ぶ気の合う仲間だと思っていた。
「考えさせて」
「何考えるの?」
「色々、考えないと進めないじゃない?」
私は、あの人と別れてから自分のこともよくわからなくなっていた。きっと私は、隼斗の恋人としてふさわしくなんかないと思った。
「俺との時間、楽しくなかった?」
「楽しいよ。本音が言えて。変な遠慮はいらない居心地の良い感じ」
「それって、希じゃん?」
「希?」
「そう。俺もさおりと同じなんだけど、得難いことだよ。滅多にない」
そう言った彼と目が合うと、奥二重の目がゆっくりと弧を描いた。
「特別な気持ちなんだ」
どうしよう。涙腺がおかしくなりそうだ。
「ずっと待ってたから、もう少しなら待てる。でも、友だちの距離でずっといるのはもう無理なんだ」
どうして良いかわからず、取り敢えずいつも通りに強気で返答することにした。
「何それ。all or nothingってこと?」
「それだけの覚悟で伝えてる」
「…狡い」
「そこで狡いって言うさおりも好きなんだ」
また笑ってるから、腹が立ったけど何を言えば良いか迷って結局口を尖らせただけだった。
「かわいいだけだから、そういうのやめて」
「むかつく」
「何年も、何回も後悔したから、勇気振り絞って言ってる。覚悟はall or nothingだけど、諦めるつもりはないよ?」
なんだかもう、本当に泣きたくなって、俯きながら強がりを口にする。
「何それ?私の選択の余地は?」
「選んでもらうために、今まで待ったんだ。弱味に漬け込んでも良かったけど、始まりは大事かなと思って」
ずっと一緒にいたのに、始めたいんだ。何から考えたら良いのかわからなくて、そんなことを思い浮かべた。
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