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藍子は、目の前で起きている「信じられない光景」に、立ちすくんだまま何も出来なかった。そして、光明寺の口から姿を現した子供が、自分に向かって手を伸ばしているとわかっても、なんら抵抗する術を思い付けなかった。
子供は両手で、藍子の頭を「がしっ」と掴むと。そのまま「ぐいいいっ!!」と、自分が出て来た「口の中」に、引きずりこんだ。藍子は無抵抗のまま、手や足の骨をバキバキと折られ。捻じ曲がるような形で、引き裂かれた光明寺の口の中へと、全身をめり込ませていった。
地下では、「見えない壁」に行く手を塞がれた谷津崎が、何か出来ないかとサーモグラフィの端末を入れて来た袋を探っていた。しかしそこで、子供が腹部に潜りこんで、目の前で苦しみもがいていたレイカの様子が、何か「変わった」ことに気付いた。
腰の上まで体をめり込ませていた子供が、ズルズルとレイカの腹部から出て来た。そして頭部と、突き出していた両手の先までが、腹部から抜き出た時。その両手に、「何か」を掴んでいるのがわかった。それが「何か」は、見てすぐにはわからなかったが。やがてそれは「もしかしたら」と、谷津崎は気付いた。
「あ、あ、アイコぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
それはおよそ、生きている何か、ましてや人間の姿には思えなかった。まるで、人間大のでかい雑巾を、「ぎゅうっ!」と搾り上げたような、そんな形に見えた。しかし、ぐりんと捻じ曲げられた血みどろの胴体に、両腕をへばりつかせている「それ」は、着ている服や顔立ちなどから、かろうじて「藍子ではないか」と察せられた。
そして、そんな無残な姿になりながらも。
藍子は、まだかすかに「息」があった。
10年来の付き合いになる、信頼する上司であり友人が、自分の名前を呼んだのだと気付き。藍子は、「やつ、ざ……」と、その友人の名前を言おうとして。こらえきれなかったように、「ぐばあああああああっっっ!!」と大量の血を吐き出した。
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