雑貨屋

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私はベッドの端まで追い詰められると、彼に押し倒されていた。 「ここまで来たら逃げられないぞ。さあ、どういうことか説明してもらおうか」 彼はベッドに乗り上がると、私に覆いかぶさり、顔を近づけてきた。 「私は、ただっ・・・頼まれただけなんです」 「頼まれた?」 「はい。最初から説明させていただきます・・・」 ***** 3週間前。 私はいつものように商品を納入すると在庫のチェックをしていた。しがない老舗雑貨屋の跡取り息子の私は、今日も赤字スレスレの店の経営が傾かないように真面目に働くので精一杯だ。 成人したばかりの私は、商店街の組合がある度に街の組合の仲間に「結婚しないのか?」とからかい混じりに聞かれるが、経営が思わしくない店に誰かに嫁に来てもらうのは、さすがに申し訳なかった。 母は私が幼い頃、他に男を作って家を出て行ったきりで、5年前に父を亡くした私は祖父と2人暮らしだった。他に従業員を雇う余裕もなく、祖父が店の端っこに座って店番をしてくれることが多いのだが、よく居眠りをして万引きされていた。 「じぃちゃん、起きて・・・ごめん、ありがとう。もう今日は休んでいいよ」 「おぉ・・・」 ヨダレを垂らしながら寝ていた祖父は頷くと、店舗兼住宅の2階へと階段を登っていった。 「はぁ・・・」 私はため息をつくと、店番に戻った・・・じいちゃんは居てくれるだけでありがたいのだ。私が、どうこう言える立場じゃない。 客が誰もいない店内を眺めると、私はハタキを手に取り、掃除を始めたのだった。 ***** 「殿下?・・・殿下ではありませんか??」 その日の午後。店に飛び込んできた客は、私の手を掴むと泣いていた。 「あのぅ・・・デンカとは・・・」 人違いでは無いかと思ったが、手を握った人物があまりにも感動していた為、手を振りほどくことが出来なかった。 手を掴んでいた初老の男性は、私の顔をマジマジと見つめると手を離し、ため息をついた。 「申し訳ありません・・・人違いでございます」 男性は身なりが良いのにヤツれているため、貧相な雰囲気が漂っていた。私は関わらないほうがいいとは思いつつも、初老の男性に聞いていた。 「その・・・デンカと言う方は、私に似ているのでしょうか?もし、仲間内で見た者がいれば気づくでしょうし、組合に見た者がいないか後で聞いてみましょうか?」 男性は目を見開くと、勢いよく頭を下げた。 「よろしくお願い致します」 「聞いてみるだけですよ?あまり期待しないでくださいね」 私は笑顔で手を振ると、男性は何度も頭を下げて帰っていった。おおかた、いいところの『坊っちゃん』が家出でもしたのだろう。そう思った私は、今日も客が来ない店内を掃除していたのだった。
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