水曜日

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「ここから7km、真っ直ぐ北上、お願いします!」 「ヒーッハッ!! 行くよっ」 恥じらいと戸惑いを放り投げた彼女が、 ガシッと腕が巻きついてきたのが出発の合図だ。 僕は気持ちよくペダルを踏み出す。 とにかく車の往来が激しくて会話どころでないし、前後でお互いの顔も見えない。が、背中と腰回りに彼女の存在を感じるだけで、これもじゅうぶんデートだと思う。 そういえば僕の背中を好きだと言った彼女は、そこで満足してくれているのだろうか。くすぐったい温かさで、どこまでも僕に寄り添う不思議なひとだ。 「あっ、ここってバンクーバーに少し似ているよ!!」 「ええ?! 何て言ったの?」 「ヴァン・クゥ・ヴァーのようだっ」 「ここがぁ?」 「イエス!!」 高速道路の工事現場だ。 高架橋を渡すための土台の脚部だけがズラリと立ち並んでいて、バンクーバーは鉄道の高架橋の土台にあたる部分が立ち並んでいるのが同じ。 建築ラッシュで活気のある街というのが共通点だ。僕が親近感を覚えて眺めていたら、彼女がより強く僕の腰回りにしがみついてきた。何も言ってこなくても彼女も同じことを考えているような気がした。 「ハジメ、マシテ。ロニー、デス」 僕は玄関まで出迎えてくれた彼女の母親にまずは挨拶を。 「あら~、ロニーさん、いい体ねえ」 「ちょっとお母さん、何なの、その挨拶は」 言葉は半分しかわからないが、母親のほうは彼女と正反対で、恥ずかしげもなく僕を見回してくるような人だ。 「オカサン、ヨロシク、オネガイ、シィーマス」 「日本語もお上手ねえ。ウエルカム、ジャパン」 「お母さんってばっ。英語を話してるつもりなんでしょ」 「その気になれば通じるもんねえ。まずはハンド、ウォッシュ。ほら真美子、案内して」 「言われなくてもするんだからっ」 母娘の会話についていけないのは言語の問題でなく、僕にもメリタがいて同じ。こういうのは放っておくのに限る。 彼女に先ほど自転車置場で、母親は自宅で茶道の先生をしていると聞かされていて、僕はミセスのような奥ゆかしい女性を想像していたのだが。 「お母さん、ついて来ないでよっ」 「だって、お手洗いの場所も教えてあげたら」 「もう、なんでそんなに先読みするの!」 僕には何の会話かわからないが、世話を焼くのが好きそうなオカサンは、僕の母に少し似ていると思った。
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