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彼女が広い駐車場の向こう端に現れた。そこで自転車を降りると押しながら店内入口のほうへ歩いている。
僕は立ち上がって片手を挙げた。そのとたんに自転車の舵先がこちらへ変わる。
今日の彼女はシンプルにチェックのシャツにジーンズ。僕も彼女の家からジョギングで帰るつもりで来ていたので、ジャージにキャップ帽だ。
「ハイ、ロニー。お待たせね」
相変わらず照れ笑いする彼女が言う。
「これっ。プレゼント」
見惚れていた僕は、背中に隠しておいたスズランを彼女の目の高さに突き出していた。
「わー、いい香り!」
彼女は袋の外まで漂う香りで、見る前に中身を察したらしく、丁寧に受け取ってくれた。
「重い。ほかにも何か入ってるね?」
僕は慌ててミセスのピクルスの話をした。彼女は袋の中を覗き込んで嬉しそうにすると、自転車のカゴにあった自分のバッグを押し潰しすようにして、その上にそっと据え置いた。
「うちはこっち。ずっと真っ直ぐ」
「どれ位かかるの?」
「うーん、1時間くらいかな? いつも自転車だから歩いたことがないけど……」
「その自転車、僕に貸して」
「え? ちょっとっ」
歩き始めていた彼女から自転車を引き取り、いったん駐めると、僕は自分用の高さにシートを調節した。
「もしかして二人乗りする気?」
「もちろん。時間短縮」
彼女が『ずっと真っ直ぐ』とその方向を指したとき、僕にはできると思った。片側3車線のこの道には自転車もすれ違えるほどの歩道が平行している。
道を知らなくても簡単だ。
荷台に大事な姫さんを乗せて馬になること。
「恥ずかしくない?」
「じきに暗くなってくるよ。キミはシートベルトに掴まって」
「それって……」
「そう、僕に」
戸惑うような彼女を尻目に僕は自転車に跨がる。ひとりで最高の気分になっていた。
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