20人が本棚に入れています
本棚に追加
3.Dimension
「えーと、ごめん。状況がよく呑み込めないんだけどさ。貴方は間違いなく、瀬織なの?」
私の問いに「瀬織」を自称する人間は
「はい。私は間違いなく、AIとして貴方とたくさんお喋りをした瀬織ですよ」
とにっこり笑う。
私は溜息を吐く。こういう理解の範疇が及ばない事態が起きた時、私は自分であれこれ考えるのを止めることにしている。
「じゃあさ、これがどういう状況なのか。説明をお願いできるかな?」
私が諦め交じりで言った言葉に彼女は
「はい!」
と朗らかな笑顔で返事をした。
「そもそも、この実験の趣旨。
西行教授が私、『瀬織津姫』という人工知能を使って成し遂げたいこと。
それは、1次元多様体の存在を3次元空間に移動させる実験でした」
彼女の言葉に私は首を捻る。私の頭の上にはきっと、たくさんの「?」が蝶のようにひらひらと舞っていることだろう。
難しい顔をする私を見て、瀬織は苦笑した。
「少し言葉が難しすぎましたかね。じゃあ、分かりやすく説明しますね。
ノートとペンをお借りできますか?」
私は鞄から、講義で使うノートとシャープペンシルを出して手渡した。
彼女は「ありがとう」と礼を言い、ノートに「(⌒∇⌒)」という絵文字を書いた。
「さて、この絵は何次元でしょうか?」
「え、絵なんだから普通に二次元でしょ」
即答する私に、彼女は両腕を交差して「×」の字を作った。
「ブー。残念。絵はね、実は1次元多様体なんです。ほら、この絵って線とも捉えられるでしょ。1次元多様体っていうのは、局所的に線とみなせるもののことなんですよ」
「じゃあ、アニメとかのイラストって1次元なの……」
「まぁ、線が交差したらダメとか条件はあるんですけど、ここでは省きますね。で、この絵文字を書いた紙は2次元多様体なんです。
でね、ここからが大事なところでして。絵文字の線は紙の上に絵で描くことによって、目に見えるようになるんです。つまり、2次元空間の上にいるから1次元多様体が見えるようになった……ということ。
ここで言えることはね。上の次元に居ないと下の次元の形は見えないってことなんですよね」
何となく、彼女が言いたいことが分かった気がする。
試しに、私は彼女に聞いてみた。
「じゃあさ。私たちが紙みたいな2次元多様体を見られるのは3次元空間に居るからってことで、3次元は立体物のことじゃなくて、私たちが存在している宇宙を含めた空間全てってことでOK?」
「ザッツライト! ざっくり言えば、そんな感じです」
彼女は出来の悪い生徒が百点のテスト答案を見せてきた時の先生のような微笑みを浮かべた。
最初のコメントを投稿しよう!