第5話 襲われた男

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第5話 襲われた男

 ぶっちゃけ、俺は結婚にとても焦っている。  38歳、未婚、課長職。  今の公共事業部二課で初めて課長を務め、来月からは規模の大きい課を任される事になった。  正直、仕事が大好きなので、ひたすら業務に邁進してきたお陰でいまだに独身なのだ。実は、大学卒業以来彼女がいない。仕事一筋だったんだ、本当に。  最近なんとなく私生活も大切にしようかと思い始めたところで、独身である事に焦りを感じてきた訳だ。結婚したくて仕方ない。結婚を前提としたお付き合いと言うものをしたくて仕方ないんだ。  そうだ、ぶっちゃけてしまうと、彼女が欲しい。これに尽きる。  趣味仕事、特技仕事、俺から仕事を取ったら何も残らない。つまらないおじさんになりつつある。世間では『アラフォー』と言われ始め、あちこちから『結婚は?』のプレッシャーを掛けられ始めた。  社内恋愛なんかも興味が無い訳でもないが、いかんせん自分に好意を持ってくれそうな女性が周囲にいないのだからどうしようもない。逆に自分も好意を抱ける女性を見つけられず、今に至る。自分の部下にも女性はおらず、尚更機会に恵まれなかった。  近頃はマッチングアプリや結婚相談所を使えと親兄弟から言われる始末だ。実は、登録しようか迷ってネットで調べているところだ。  今日はとうとう人事異動の内示が出された。これから引継ぎのスケジュールを決めるために挨拶も兼ねて異動先に行く訳だが、大きな部署なので、正直少し緊張している。  7階のフロアの半分を占める国際事業部、外国人スタッフも多く華やかで壮観、圧倒されそうだ。 「欧米課ー! ちょっと集まってー!」  本当に人数が多い。緊張する。 「来月からうちの課長になる彼を紹介するよー!」  簡単に自己紹介と挨拶をして、さあ、後は現課長と引継ぎの相談だ。  驚いた、ここは女性が多いんだな。男性よりも女性が多い印象だ。いずれもなかなかの美人が多い。いい匂いもする。今はこの『美人が多い』なんて言い方もNGなんだろうな。  おや、この女性は腕組みして眉間に皺。何か考え事かな? 「チーフ! 来ました!」 「回答は? 何て書いてある?」 「『Will do』です!」 「よしっ、Perfect!  早速資材を送る準備をして、それから――」  ふうん、チーフさんね。チャッキチャキな感じの、これまた美人だな。いや、美女って言った方がふさわしいかも。ちょっと憂い顔で。……綺麗な人だ。  結婚指輪は、していない。良かった。って、俺は何を見ているんだ。それは失礼だろう。 「課長、お帰りなさい」 「うん」 「7階はどうでした?」 「賑やかだったよ」 「あそこ女子の派閥とかあるんで、怖いですよー(笑)」 「お前、そんな事前情報いらないから」 「セクハラ、パワハラ、気を付けてくださいよ?」 「ああ、気を付けよう」  なるほど。やはり女性の多い職場は色々あるのだろうな。  さて、今度は自分の後任との引継ぎだ。とは言っても、直属の部下が昇格するからやり易くて助かる。  この4階に来るのもあと半月か……。 「課長、今日の帰りにちょっと行きませんか?」 「まだ月曜だぞ(笑)」 「いや、俺が明日から出張になっちゃうんで、送別会に出られないんですよ」 「ああ、なるほど」 「なんで、俺と2人でお疲れさん会しませんか?」 「そう言う事なら。ありがとう」  明るい部下にも恵まれて、楽しく働けた2年間だったな。  上長の俺が独身のせいかどうかは分からんが、部下全員独身ってのも面白い。実際、このフロアに女子社員が数える程しかいないのもあるだろう。  出会いが少ないんだよな。社食で運命の出会いなんてのもそうそうないだろうし。エレベーターでバッタリとか。セキュリティゲートで引っかかってドッキリとか。  何だこれ。俺の妄想古っ! (あ、そうか)  いいじゃないか、来月からは女性が沢山いる部署なんだから。  アラフォー男の婚活が上手くいく方法、彼女達にアドバイスを貰えばいいんだよ。それを活かして、つまらないおじさんにならないように努力したらいいんじゃないか。  そうだ、結婚相談所に登録する男についてどう思うか、リサーチしてみるのもいいな。 「課長、俺ちょっとトイレ行ってくるんで。  会計は終わってますから」 「ありがとう。外で待ってるよ」  送別会に出られないからと、わざわざ一席設けてくれて、いい奴だな。丸々驕りだなんてちょっと申し訳ないけど、あいつの気持ちを有難く戴こう。 「先輩、そろそろ次行く?  それか、帰ります?」  ん、あの彼は今朝行った7階の……。 「あれっ、あなた方は――」  思わず声を掛けてしまったが、女性と2人だったか。これは悪い事をしたかな。  ああ、あの『チーフ』さんだ。こちらも月曜から仕事帰りに飲んでたのか。 (今日内示があって、うちの課にも挨拶に来てたのに。  覚えてないなんて、昨日のお見合いで相当落ち込んでたのね、先輩)  ヒソヒソ話聞こえちゃったけど、うん、聞こえてないよ、聞こえてない。  へえ、これだけの美女でもお見合い失敗するんだ。婚活中なんだ。ぶっちゃけ、こんな美女が婚活だなんて凄い衝撃だ。 「なんだ、お前らもここで飲んでたのかあー」  おやおや、君達同期入社でしたか。だったらこの後一緒に飲んで、新しい部下とのコミュニケーションをはかるのもいいな。 「だったらどう?  次の店、4人で」 「お誘いありがとうございます。  折角ですが、私達はこの後も予定がありますので、ここで失礼させて頂きます」  秒で断られたよね。ま、いきなりだったから仕方なし、ってところだな。彼等とは同じ部署になる訳だから、近々一緒に飲めるだろう。 「あれっ、君はさっき――」 「あっ、どうも……」  何と君達もハシゴしてたとは。偶然にも同じ店になるとはな。  それにしても。 「何だ、この酔っぱらいは!  床に座ってるのか」 「すみません、先輩ちょっと飲み過ぎちゃって。  今起こしますので」 「あーあ、こいつ、飲み過ぎると寝ちゃうんだよなー」 「あ、じゃあ、こっち広い個室だから、移るか?」 「すみません」  どうした、どうした? 何故君達はそんなにバチバチなんだ? 「お前、何でこんなになるまで飲ませたんだよ」 「止めてたんですけど、先輩色々と嫌な事が続いちゃってて……  落ち込んでる時に元カレにバッタリとか」 「へえー、お前、俺の事知ってるんだ」  元カレ? 元カレと言ったか? この美女の? 「ほんとー、あんた何なの、予告なしに現れないでよね」  うわ、酔っ払いが動いた。 「昨日お見合いだった訳ですよー。  どうも鼻につく相手で、断っちゃったんですうー。  もうすぐ33歳なのにー、相談所退会させられたらどーしよー!」  そうですか、結婚に焦ってらっしゃると。 「課長! 課長!  独身ですか?」 「えっ、あ、ああ、僕は独身ですが?」 「よーし、一緒に婚活頑張りましょうね!」  はは、酔っ払いに励まされちゃったよ。  どう言う訳か膝に乗ってこられてしまったし。 「これ、セクハラにならない?  大丈夫?」 「先輩から行っちゃったので、逆セクハラですかね」 「あ、そう?  大丈夫ならいいんだけど」 「それよりお前、さっきの話!   こいつと付き合ってんのかよ」 「違いますよ。  僕と先輩はそんな安っぽい関係じゃないです」  何なんだ、こいつらの諍いは。  待て待て待てい、困ったな。しがみつかれてしまったんだが。やめろ、顔を近づけるな。これ、俺が襲われてるって解釈でいい? 「先輩返してくださいよ」 「や、俺が連れて帰るから。  家の場所も、中も分かってるから」 「僕だって今日も泊まりコースだったので」  元カレと今カレで取り合いとか、現実に見る事ができるとは。貴重な体験とも言えるか……。 (修羅場だなー。  どっちも諦めて俺に預けていけよ)  だって、俺はこの美女から結婚相談所とか婚活とか、色々教わりたいんだっ!
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